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無痛文明論 (2004年1月23日)

森岡正博『無痛文明論』(トランスビュー 2003.10)を読んだ。無痛文明というコンセプトを用いて著者が訴えるのは「他者との衝突によって生じる痛みや不快を避け、自らの快楽と安定を求める生き方」である。言われてみればここのところ社会は「優しく」なりつつある。マスコミが形作るところの言論は妙に「優しい」。 障害者に優しい。いわゆる被差別部落出身者に優しい。犯罪や戦争の被害者に優しい。地球にも優しい。それらが良い事で正しい事なのは自明だ。しかし社会が優しくなってゆくプロセスの中に「かつては顕在だった差別や暴力が形を変えてどんどん個人の中に内在化していく」過程を見る事ができるし、そうやって自らに内在化した差別や暴力に「言い訳」をしながら「ぬくぬくと」生きているのではないか。そんな自己欺瞞に満ちているのが現代の病巣である、とこの本は告発している。

この本は宗教における教義本(あるいは一部の哲学書)と同じ体裁を持っている。仮定→証明という科学的アプローチはほとんど見られない。終始、著者自身の体験から発露する生に対する姿勢がラブレターのような熱烈な文体で語られている。命がけで自己を剥き出しにして他者と衝突し、痛み・困惑・挫折・孤独ほかのネガティブな体験を通り抜ける事でしか真の生命の喜びを得られないのだ、と言う主張だ。

「大人は嘘つきだ」というフレーズを最近聞かない。それは大人が正直になったのではなく、若者も嘘つきになったからだと断定するのは短絡だろうか。大学生のみなさんには、もう一度叫んでほしい。「大人は嘘つきだ!」と。そしてこの本を読んで(?)告白してほしい「自分も嘘つきだ」と。処世術としてのウソは社会人として生きていく上で不可欠だが、自分の中心軸にあるところのものに対しては決してウソをついてはいけない。そして現代ではそれはとても厳しい生き方だ。そんな風に感じた。

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