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図書館必要論 (2004年7月26日)

インターネットが爆発的に普及し始めた7、8年前から、図書館界とその周辺では「図書館が要らなくなる」いわゆる図書館不要が論じられていたのだけれど、ここに来て、「図書館自体が不要になる事はない。しかし、その役割は大きく変わらなければならない」という共通認識が浸透してきたように思う。どんなにネットが普及しても、国民・学生ほか利用者全員の情報センターとしての物理的な存在はこれからも、いや、これからの方がより必要とされるであろう事が分ってきたのである。

図書館には様々な種類がある。まずは公共図書館。町のあちこちに点在している市立・区立・町立・県立図書館などである。永田町にある国立国会図書館は唯一の国立図書館である。地方議会の行政をサポートするための議会図書館というものもある。次に企業図書館。多くは小規模で図書室と称されているものが多い。1企業・グループの活動のために情報を収集・提供する企業内の一部署である。次に大学図書館。これは国公立大学図書館と私立図書館に分けられる。大学の学生・教職員の研究・学習活動を支援するための図書館である。この他に財団系の図書館もある。

このように見ていくと図書館というのは一部の例外を除いて、すべて上部組織の構造に組み込まれた存在だ。だから、予算・人事・運営の決定権を独立して持つ事は基本的にはないと言っていい。みなさんは、公共図書館のカウンタごしに貸し出し手続きをしてくれる人を「図書館員」だと思っていませんか? その人が、実は去年までは市役所の戸籍課に勤めており、来年の春からは保健所に勤める予定の、所轄公共団体の1職員である事など思いもよらないでしょう? 自治体によっては、このような他部署からの使いまわし職員とパートが主で、図書館に専属の図書館員など殆どいないのが現状。これでいいのだろうか。「自分は図書館員という専門職である」という自負と誇りがあってこそ、図書館界の改革に従事しようという気になるのであって、このままでは「自分はここに配属されたから言われた通りやるだけ。どうせ来年また異動だし」という無責任な環境を醸成してしまう。その上予算も運営方針もお上まかせとなると、結果は推して知るべし。

この体制・構造が日本の図書館、ひいては情報活動全体の発展を遅らせるのではないかと、危惧している。知的財産立国とか光ファイバー情報網整備とか言われながら一向に進まない情報インフラ整備を見ていると、行政の強力なリーダーシップですでに数歩先を歩くアメリカや韓国が羨ましく思える。全国にちらばる図書館こそ情報へのアクセスの拠点として今まで以上の役割を期待されているにもかかわらず公共図書館に行ってみると、パソコンもないし、図書館の蔵書を調べるためのOPACさえウェブ化されていないところも多い。

日本の公共図書館は約2,600。図書館のない市町村がまだ4割以上あり、年間1億円以上の資料費のある都道府県は十幾つしかない。あのビル・ゲイツがシアトル市立図書館に毎年20数億円の寄付を10年間続けた話は有名だが、そのアメリカには15,000の図書館があり、サンフランシスコ市立図書館の職員数は日本の国会図書館の職員数と同じ。日本はまぎれもなく図書館後進国なのである。(朝日新聞秋田版12月より)

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