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私はコンシェルジュ? (2005年5月2日)

『わたしはコンシェルジュ』(講談社2001)を読んだ。インターコンチネンタルホテルコンシェルジュ(現グランドハイアット東京チーフコンシェルジュ)の阿部佳氏による、おそらくコンシェルジュという職業について、日本で初めて出版された本。ホテルのロビーの片隅にある小さなカウンタで、宿泊客が次々に繰り出すありとあらゆる質問・要求に応える仕事。「金魚をタイまで持ち帰りたい」「英語の話せる刺青師を紹介して欲しい」などの難問奇問を解決していく。 曰く「1日に10回聞かれるような同じ質問にも、絶対にうんざりした顔をせず、笑顔で応対する」 曰く「コンシェルジュは演じきるもの」サービス業の基本を学ばせていただいた。

図書館のレファレンス(参考係)こそは、このコンシェルジュに最も近いところに位置する職業といえる。利用者から寄せられる難問奇問に対し、蓄積された経験と知識で答える。「第二次世界大戦前のドイツマルクのアメリカドルへの換算率を知りたい」「アフロデテをモチーフにした美術作品とそれらの解説を手に入れたい」サーチエンジンが発達した現在でさえ簡単には分からない質問に対しても情報を提供する。2001年初頭、3人の専任職員しかいなかった図書館レファレンス担当者を、9人の兼務を含む職員のチーム制でカバーするプロジェクトの長を任された事がある。当時の研修用配布資料を読み返してみた。『レファレンスデスク基本編 もっとも大切なこと ― レファレンスデスク業務は情報探しの請負業であるとともに接客業であり、また情報探索の方法を指導する教員でもあります。したがって、プロの職人であるだけではなく、組織の顔としてお客様によい印象を与えること、正確で迅速な情報探索方を効果的な方法で教授することを心がけるようにしてください』 なんと立派な文言だろうか。ちょっと赤面してしまった。「負うた子に瀬を教わる」というのは適切な喩えではないかもしれないが、過去の自分に教えられ、心新たにさせられた。

だがしかしレファレンス(特に大学図書館のレファレンスの場合)には、コンシェルジュとは大きく異なる点が一つある。それは利用者を「教育」する使命を負っていること。お客様を快適に愉快な気分にさせるコンシェルジュは、さまざまな情報を提供することがあっても基本的には求められた内容についてのみ忠実に答える。こういうことを知ってもらえればもっと喜んでもらえるかもしれないと思いついても、さらっと言及するにとどめる。求められていない限り、自分の知識をあれこれと提供する事は避ける。これに対しレファレンスでは、情報探索の仕方に習熟していない利用者の「自立」を助けるために、求められている以上の情報の探し方のコツやテクニックを、ケースに応じて教える事が大切な役割である。図書・雑誌記事・新聞記事それぞれの探し方、配置場所、OPACの使い方…

その点について最近困っていることがある。昨今のインターネットとサーチエンジンの発達で利用者が「自立」してしまったのである。たった今利用者の自立を説いていたのに、なぜ自立すると困るのか。こんなうれしい事はないではないか。今まであれこれと教えていたのに、手間が省けてよかったではないか。― いや、そうは行かないのである。ネットの発達によって、アクセス可能な情報は爆発的に増え続けており、それら情報は流動的である。同じく、サーチエンジンやオンラインデータベースなど、情報を入手するためのツールたちも増え続け、流動的である。

以前は情報探索に関する知識、10のうちの6しか知らない利用者には残りの4を教えれば事足りた。今では1,000のうちの600を知る利用者に残りの400を教えねばならず、そのうち1,000,000のうちの400,000を教えなえればならなくなるのだ。しかも経験上、利用者の知識は6/10、600/1,000、と必要情報の量に比例して増えてはいない。6/10、300/1,000、1,500/10,000、と知識の絶対数は増えているのに、情報全体に占める割合は減っており「知らない事、教えなければならない事が増えている」と感じる。にもかかわらず、サーチエンジンを手にした利用者たちは「何でも独力で探せる」と思うようになってしまったのである。

今は無人になってしまった旧レファレンスデスクの存在を考え直してみた。9人によるチーム制レファレンスの時代には3時間交代でデスクに立っていた。しかし2001年の時点で、インターネットの発達によってレファレンス質問をデスクに持ってくる利用者は、ほとんどいなくなっていた。そのため、レファレンス専任スタッフ全員を新館内のレファレンスサービスセンターに移し、コンピュータ関係のサポートほかの業務とデスク業務を一括して扱う現在の体制に移行した経緯がある。ホテルならコンシェルジュにあたるスタッフ全員が、オフィス内に退いてしまった事が、正解だったかどうかは分からない。一日中デスクに座っていつ来るとも分からぬ質問者を待ち受けていた時代より現在の体制がレファレンス全体の業務作業効率を飛躍的に上げたことは確かだが、入口付近で勝手が分からずに右往左往する図書館の初心者たちに対し「どうしました?」の一言で吸い上げていたニーズや、たまたまそこに図書館員がいたので質問してみた通りすがりの利用者たちのニーズを切り捨てた事は確かだ。

道に迷ったとき、あなたはすぐに辺りの人を呼び止めて訊くことができるだろうか。多くの人は多少の躊躇をするはずだ。ホテルのロビーに総合案内用のコンピュータとコンシェルジュの両方があれば(実際にはコンシェルジュに聞いたほうが何倍も早く満足の行く結果が得られるのだとしても)より多くの人が機械の方で自分のニーズを満たそうとするはずだ。図書館にパソコンがあれば(というよりGoogleがあれば)レファレンスデスクに人が来ないのは自明の理と言っていいだろう。

ある図書館のレファレンス脇でこんなキャッチコピーを見た記憶がある。「むずかしい機械より、やさしい人間に聞きましょう」今となっては、機械がむずかしかった時代の、うらやましいコピーである。

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