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吉田健一『残光』 2014-06-30

吉田健一の第二短篇集『残光』です。『吉田健一著作集』第13巻(930.8/Y86/v.13)に収録。うち「出廬」は、丸善が出していた文芸誌「聲」の1961年冬号(この第10号をもって終刊)に発表。丸谷才一の「うぐいす笛」も掲載されています。丸谷については、『交遊録』(著作集第22巻)の「若い人達」に、"丸谷さんは既に名文を書く"と記している。

また、金井美恵子が、ある対談で "これは吉田健一が死んだ後、編集者に聞いたのですが、「丸谷才一と金井美恵子がいる限り日本語は大丈夫だ」と吉田健一が言ってたって聞きました。まさか、嘘でしょう、と思いましたけど"と発言しています。

『吉田健一全集』(原書房)第六巻の篠田一士の解説にある、〝ときに応じて、文芸批評家、英文学者、翻訳家、エッセイスト、あるいは食味評論家といった珍妙このうえない名称までつくが、なによりも的確で、しかもあらゆる場合に通用するのは文学者"である吉田は、元内閣総理大臣吉田茂の長男、ケムブリッヂ大学キングズ・コレッヂ中退。

人気マンガ『美味しんぼ』第10巻第4話「古酒(クースー)」に、ヨーロッパ生活の長い文芸評論家で、旧華族の出身にして酒仙(主人公の山岡士郎にいわせれば"ひどい飲んだくれ")の古吉伸一が出てきて、"日本にはろくな文学がない"、"スピリッツ(強い蒸留酒)がないから、スピリッツ(精神)が育たないんだ"と言います。『ビッグコミック・スピリッツ』誌の連載なので、何か可笑しい。

吉田健一の方は、短篇集『怪奇な話』(著作集第29巻)中の一篇「酒の精」を、酒は生きものかどうかと書き出して、これは生きものである他ない、そして、酒には精神がある、と続けています。なお、第一短篇集のタイトルは『酒宴』です。

『残光』中の「辰三の場合」は、"勿論、辰三、岡田、みさ子などといふのは出鱈目に思ひ付いた名前で、それがジョンとコルサコフに浪江でも構はない"という風に始まる。

そして、"岡田が辰三の所に寄越した手紙のことを説明しなければならなくなって、さうすると話が長くなる(併しそれが、小説といふものである)"この岡田を、"さういふ裕福な人なのだから、これからは敬意を表して岡田さんと呼ぶことにする"と言ったり、"かういふつまらない人間に敬意を表する必要はないから、これから先はもとの岡田に"戻したり、"岡田君が(といふのは、少し可哀さうになって來たからで)"と書いたりし、さらに、"これで、話の半分をすませたことになるのは、さういふ長さの話(或は小説)を書く豫定だからである"、"併し女の手紙の代筆までさせられるのはやり切れないから、それもここでは略す"と、ストーリー展開にも作者が顔を出します。

これは、長編『瓦礫の中』(著作集第17巻)も同様で、"どういう人間が出てくるかは話次第であるが、先に名前を幾つか考えて置くことにしてこれを寅三、まり子、伝右衛門、六郎に杉江ということで行く"と始まり、すぐ先で、"まり子が(だから名前は先に考えた方がいいのである)"と相成ります。しかもこれらの名前は、この小説のサゲの伏線になっている。

というと落語のようですが、『辰三の場合』のように、この話でも、"ここで作者が割り込んで来てその頃の一万円は今日の少くとも百万円の価値があったという註を入れて置く"と、著者が出て来て言う。一万円というのは、寅三がアメリカの兵隊に頼まれて日本語作文をしてやり(『瓦礫の中』は終戦直後の日本が舞台)、その代償につけた条件で、しかし実際にはジン一本を貰っただけです。これが問題になって、憲兵隊の分署に呼び出される。

以下、それが殊に厳粛な形を取ったとして書かれたやり取りを、抜き書きで紹介します。

「貴下ハ…ジン一クォート入リ壜一箇ヲ受ケ取ッタコトヲ認メルカ、認メナイカ…」

「認メル。併シ、金銭ノ授受ハナカッタ」

「アンナモノニワザワザ金ヲ出ス馬鹿ガアルカ、」

ややあって、

「…貴下ハ聯合国最高司令官ノ指令、並ニ日本政府ノ政令ニ背ク行為ヲシタコトヲ自認シタ。ソレデアア、ソウカト言ッテ釈放シタイ所デアルガ、規定ハ規定デアル。ココノ豚箱ニ半日監禁ノ刑ニ処スル義務ヲ有スルコトヲ遺憾ト考エル」

「ソレハ余リニ酷ダト思ウノダ」

「ソノ位ノコトハ解ッテイルノココロ。併シコッチノ身ニモナッテ貰イタイ」

やっぱり落語です。「英語上達法」(830.4/Y86e)では、英語研究雑誌に掲載の論文「再びオンリーの位置に就いて」、「母音の長さの示差的機能の喪失」を採りあげ(注:実在したかどうかは保証の限りでない)、後者は数行引用して、"だから、讀んでみたところで、解らない"と片付けたのち、前者を、"アパートに置いて、せいぜい樂むことである"とうそぶいてサゲる。

但し、これはあくまでも一面です。例えば『酒宴』を読んで、上の篠田の言葉を借りれば、「氏の作品は、文芸評論、エッセイ、食味評論で、しかもあらゆる場合において文学」であると思ったら、つまり、"一冊の本を讀むのがその本の世界に遊ぶこと"(『本が語ってくれること』(914.6/Y862h)より)だと知ったら、しめたもの。めでたく「諸賢」の仲間入りです。

『酒宴』のうちの4作は、その2年前に出た『随筆 酒に呑まれた頭』にも収録されていて、その後記に曰く、

「雜誌社から小説を注文して來て、それに應じて書いたものも幾つかこの中に入っている。こっちは小説と思わないからさうしたのであるが、小説といふものに對してこっちと今日の文學界、或はジャーナリズムの考へ方が食ひ違ってゐるのは、これからも利用して行く積りである。圖に乗って、そのうちに「短篇集」などといふものを出すことになるかも知れない。併し大方の諸賢は、そんな名稱に騙されたりなさらないことを望む」

ここで余談。吉田家の人々。

吉田茂の三女麻生和子(太郎の母)は、祖父牧野伸顕と同宿していて二二六事件に遭遇した。回想録『父 吉田茂』(光文社)によれば、牧野が、倒れた塀につまづいてコケたのを、兵隊たちは自分らの撃った弾が当たったと思って引きあげて行った。そのあと、救いの車に乗せて行かれた家で紅茶が出たが、角砂糖が余ったので、1から6までサイコロの目を書き入れ、祖父とダイス遊びをした。

吉田茂は、谷崎潤一郎が文化勲章を受章したとき、ふだん何を読むかと志賀直哉に問われて「銭形平次」と答え、識者の失笑を買った。長男健一との文字どおりの『大磯淸談』(文藝春秋新社)によれば、あれは、

父 そのとき、いっただけなんだ。高等な文學、なんて顔附してるから…(笑)

だったそう。

子 しかし、錢形うんぬんのときはね。大分、本の賣行きが違ったというので、その方面から大変喜ばれたらしい。そうでしよう。

父 それほどでもないだろうがね。しかし、そういえば十手をもらった、(笑)捕手の持つヤツ…。

吉田健一は父親の葬儀のあと、親しい知人にこう言った。

「君ね、国葬の喪主だけはやるものじゃないぞ」。>

付記:再び『瓦礫の中』について

単行本『瓦礫の中』は全9章ですが、『文芸』誌1970年7月号初出の「瓦礫の中」は3章までしかありません。同年にこのあと「町の中」と「人の中」を発表し、手を加えて長編にまとめたそうです。

初出は、単行本の第3章の終わりより4行多く、そこで締めくくっています。本来のサゲまで完演したり途中で切り上げたりする、落語の『替わり目』や『らくだ』のようです。

しかし、初出の最後のところ、"…それも癖だから…"とあるのは、"…それも癪だから…"ではないのか知らん。

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