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和田誠『倫敦巴里』 2014-07-16

イラストレーター和田誠の『倫敦巴里』です。植草甚一は、和田の線描きの似顔絵を、0.2ミリのペンを使っていると分析したそう。和田がアートディレクターを務めた雑誌『話の特集』の読者カード第1号は、のちに和田の依頼で連載を書くことになる植草からで、ビジュアルデザインを賞讃するものだったという話も伝わっています。

和田は、植草の「スクラップ・ブック」シリーズ第3巻『ぼくの大好きな俳優たち』の解説を担当し、山田宏一との共著『ヒッチコックに進路を取れ』(草思社)では、ヒッチコックについて存分に語り合うなど、映画への深い興味と該博な知識も持ち合わせた才人です。

ICU図書館には、谷川俊太郎と組んだ『あな』(726.6/Ta87a)、『しりとり』(726.6/Ta87s)、
映画『麻雀放浪記』監督時の体験を綴った『新人監督日記』(778.4/W12s)、たくさん入っている本の写真が、カラーだともっと良かった『装丁物語』(022.5/W12s)、川路重之の童話に絵をつけて、私家版で出した「山太郎」(『現代童話I』(b/Fu/I5/1)、ビル・エバンスの名盤のタイトルを借りた、村上春樹との『ポートレイト・イン・ジャズ』の韓国語版(764.7/W12pK)、中国語版(764.7/W12pC)などがあります。

『倫敦巴里』は、絵はもちろんのこと、文もすべて和田の手になるパロディー満載本です。まずは『暮しの手帖』ならぬ『殺しの手帖』。"これは あなたの手帖です"と始まって、"いつか あなたの殺し方を変えてしまう そんなふうな これは あなたの殺しの手帖です"と書いた表紙裏の左下には、表紙、装画、編集担当者として「和田誠治」。花森安治です。
特集が「リヴォルヴァー拳銃をテストする」、料理欄に「毒入りのおそうざい」、コラムは「殺しの中で考える」。新刊広告には『巴里の空の下硝煙のにおいは流れる』もあり。
「結婚生活にあきたひとに、遺産をねらうひとに、あなたの心からあたたかい花束として、この「暮しの手帖」をプレゼントしてあげてくださいませ」
まで全8ページ。

「特集ギャラリー」は、いろいろなキャラクターをいろいろな画家が描いたら、という趣向で、赤塚不二夫から、クレー「ハタ坊」、ダリ「イヤミ」、ピカソ「チビ太」。マンガの主人公から、レジエ「鉄腕アトム」、ビュッフェ「鉄人28号」、ポップアートふう「伊賀の影丸」、オップアートふう「オバQ」。ビートルズは、全員をルソー、ジョージをゴッホ、ポールをロートレック、リンゴを写楽、レノンをシャガール、といった案配です。

時代背景は昭和40年代。そのころの売れっ子マンガ家の絵を(無断)借用した、マグリットふう、ディズニーふう、ピーター・マックスふう、サン・テクジュペリふう、棟方志功ふう、もあります。

イソップ寓話『兎と亀』のシナリオを有名映画作家が書いたらこうなると、ジョン・フォード、市川崑、ヤコペッティ、アントニオーニ、ベルイマン、ロバート・ワイズ、ゴダール、そしてヒッチコック。各々それらしいストーリー、シーン、台詞で作り分ける腕はさすが。加えて、黒澤明、ルルーシュ、ペキンパー、ヴィンセント・ミネリ、山田洋次、ディズニー、フェリーニ、深作欣二…。キャスティングも一興です。

白眉は、川端康成『雪国』の文体模写でしょう。「雪国・またはノーベル賞をもらいましょう」で6人(植草甚一も入ってます)、「雪国ショー」で7人(山口瞳など)、「新・雪国」で6人(大江健三郎ほか)、「又・雪国」で6人(半村良はイーデス・ハンソンではありません)、「お楽しみは雪国だ」(Part.7まで出ている自著『お楽しみはこれからだ』から)で7人の作家のカラー似顔絵を付け、各人の文体で『雪国』冒頭を書く。人間業とは思えませんが、例えば始めのところ、

野坂昭如 「国境の長いトンネル抜ければまごう方なきそこは雪国。夜の底深くなり…」
星新一  「国境の長いトンネル。そこを抜けると雪国の筈だった」
淀川長治 「トンネルを出ましたねぇ。長いですねぇ。長いトンネルですねぇ」
井上ひさし「トンネルを抜けると雪国であった。ケンネルで寝るのは白犬であった」
長新太  「ひぇっ、トンネルを抜けたら雪国だったではありましぇんか」
谷川俊太郎「トンネルでたら ゆきぐにだった ゆきのなかには うさぎがいてね」

やや長めに横溝正史
「金田一耕助のすすめで、私がこれから記述しようとするこの恐ろしい物語は、昭和十×
年×月×日、国境の長いトンネルを汽車が通り抜けたところから始まった」
そして、つかこうへい
「熊田 トンネル出たら雪国ですね。
 島村 ああっ、お前、今何言った? そんな事簡単に言っていいのか? 幸せそうな顔してスンナリ言える台詞かよ。
 熊田 いけなかったでしょうか。
 島村 はっ倒すぞテメエ…」

この「雪国シリーズ」は、『現代日本のユーモア文学』(立風書房)第2巻に再録されていますが、似顔絵はモノクロで、初出のうちの土屋耕一、殿山泰司、大橋歩、浅井慎平の4人が見当たりません。
この叢書は全6巻。編集は丸谷、開高に吉行淳之介で、3人の鼎談が月報になっていますが、吉行さん、文壇三大音声のうちの二人が相手で、ウルサくなかったんでしょうか。

余談。「おさる日記」
和田誠の傑作短篇。収められているのが『現代童話IV』(b/Fu/I5/4)なので、子供向けの作品のようですが、『ブラック・ユーモア傑作選』(光文社)に収録されているのを見ても分かるように、思わぬ結末が待ち受けています。
初出は『話の特集』誌で、のち、短篇集『にっぽんほら話』(講談社)に。新装版には1話追加してあります。装丁は本人ですが、イラストは、東君平、湯村輝彦、井上洋介、灘本唯人、真鍋博、宇野亜喜良、長新太、飯野和好、原田治、矢吹申彦、山下勇三、河村要助、長谷川集平その他、そうそうたる顔ぶれ。「おさる日記」の担当は大橋歩です。
また、「太郎とキツネ」だけは、全ページが、上3分の2は四角で囲ったイラストで下3分の1は文字、と絵日記ふうになっていて、鉄人28号やら鉄腕アトムやらジェームズ・ボンドやらを、横尾忠則が描いています。

余談の余談。白石加代子の「百物語」
「おさる日記」は、白石加代子の朗読公演シリーズ「百物語」でも上演されたことがあります。このシリーズ、作品の選択がなかなか見事で、半村良の「箪笥」、岡本綺堂の「影を踏まれた女」、江戸川乱歩の「押し絵と旅する男」、志賀直哉の「剃刀」、大坪砂男の「天狗」、サキの「開いた窓」、曾野綾子の「長い暗い冬」、谷崎潤一郎の「人面疽」、内田百閒の「冥途」、遠藤周作「蜘蛛」等など、そのまま、『白石加代子が選ぶ怪奇短篇集』になります。
「首提灯」、「死神」など古典落語の演目もリストに挙がっていますが、「悋気の火の玉」は、その内容からいって、ぜひ、白石加代子で聞いてみたい。上述の『ブラック・ユーモア傑作選』にも入っている筒井康隆「五郎八航空」の上演はテレビで観ました。

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