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『顎十郎捕物帳』 2014-09-12

「久生十蘭コレクション」(朝日文芸文庫)のうち『顎十郎捕物帳』です。久生には、筒井と同じ「母子像」という題名の作品があります(岩波文庫『久生十蘭短篇選』(b/913.6/H76h)収録)。これは、
「ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン紙主催の第二回短篇小説コンクール(一九五三年度)で、世界十八ヶ国、応募五十七篇のうち第一席に入賞した作品である。翻訳を吉田健一が担当した。「新しいモーパッサン」の発掘を目的としたこのコンクールには、日本からほかに、石川達三、永井龍男、井上靖が参加している」
日本からの応募全4作は、『新潮』(P/910.5/Sh61)昭和30年(1955年)8月号に掲載してあり、着流しの久生のスナップと、水谷準のエッセイ「久生十蘭の嘘」が添えられています。

顎十郎、本名は仙波阿古十郎だが、眼も鼻も口もみな額際にごたごたとかたまり、膨大な顎がぶらりとぶらさがっているご面相から、通称「アゴ」または「アゴ十」。ただし、面と向かってこう呼ぶ勇気のある人物はいない。この男の目の前で何気なく自分の顎を撫でただけでいきなり斬りつけられた、顎に膏薬を貼ったまま面会したら襟首をとって引きずり回され大溝に叩き込まれたなどの噂があって、叔父の森川庄兵衛でさえ気をつけています。
例外なのは、従妹にあたる、庄兵衛の一人娘花世で、「顎さん」と言われると、アコ十、眼をなくして笑いながら、うふふ、なんだい、とくすぐったそうに返事するそうです。

この捕物帳は676ページで全24編。1970年に出た『久生十蘭全集 IV』(三一書房)が、作品の順番がやや異なるものの、顎十郎捕物帳に充てられていて、都筑道夫が解説で、「紙凧」は不可能興味に徹して、シリーズ前半の傑作、「両国の大鯨」はシリーズ随一の傑作と評している。"私たちをうならせた傑作"という「遠島船」については、やや長いが引用する。

「…メリイ・セレスト号事件を日本ふうに再現、きわめて卓抜に解決している。メリイ・セレスト号というのは、千八百七十二年の十二月四日に、ポルトガル沖で発見された帆船で、たったいま、全員が退去したような状況でありながら、船内にはなんの異変もみとめられない。一瞬にして人間だけが、消えさったとしか考えられない、という怪事件で、評判になったものだ。牧逸馬が「海妖」という実話に書いて…いるから、一読をおすすめする。アメリカでは、いまだにときおり、新しい研究書が出るし、ニューヨークのウォール街四十五番地に、ささやかながら「メリイ・セレスト博物館」があるくらい、有名な事件なのだが、真相はいまもって解明されていない」

牧逸馬は、本名長谷川海太郎。久生の、函館中学時代の先輩で、三つのペンネームを使い分けて活躍した流行作家。牧逸馬名義では「世界怪奇実話」シリーズを多く執筆した。

牧はメリイ・セレスト号発見時のようすを、船具その他船中の状態は整然としていた、非常用のボートは皆ちゃんと短艇台に収まっていた、と記していく。今絞ったばかりの洗濯物が綱にかけてあって、水がしたたっていた。食卓には食べかけの食事が残っている。子供用の、小さい匙で半分ほど食べてあるオートミール。船長のものと思われる、2個の固ゆで卵。咳止め薬の壜とコップも倒れずにある。朝食の残りも鍋にそのままで。

「海妖」はしかし、メリイ・セレスト号事件が主題ではありません。有名なパリの新聞「マタン」紙の創設者の一人である、富豪のアルフレッド・エドワルドの私有する船舶エイメ号の、一方は内側から鍵のかかったドア、三方は鉄板の壁で、やっと首が出るだけの丸窓一つ、の船室から、かすかな叫び声を残して、アルフレッドの夫人ジャネットが消えてしまった「ジャネットの悲劇」の話です。船のゲスト達が夫人の失踪直前まで、この悲劇の39年前に起きたメリイ・セレスト号のことを(夫人も含めて)論じあっていたため、詳しく説明されています。

都筑の解説に戻ると、彼は、「捕物帳は本来、推理小説の一形式として発生したもので、江戸中期以降、明治初年あたりまでを時代背景とした犯罪物語である」といったほうが正確であろう、また、「捕物帳は謎ときが主目的ではなく、その背景である江戸市井の人情と風俗をうつすことにねらいがあったのだ」とするような意見は、まず否定されなければならない、と提唱しながら、岡本綺堂の『半七捕物帳』を出発点とする「捕物帳」が、歴史小説へ、伝奇小説へと推移していったことから、あるべき姿ではなく、あった姿を述べるならば、「捕物帳には、推理小説に近いものと、そうでないものがある」ということになるだろう、と結論づけます。

そうして、「その推理小説にもっとも近い捕物帳が、戦前の作ではこの『顎十郎捕物帳』、戦後の作では坂口安吾の『文明開化安吾捕物帳』(注:913.6/Sa28s/v.10)なのだ。一篇のこらず、そうだとはいわないけれど…」と、二人の作家に共感をよせる。特に、顎十郎への深い思いは、のちに久生の遺族の許可を得て上梓した、『新 顎十郎捕物帳』全2冊(講談社ノベルス)となって現れました。ブックジャケットは、橋本治描く、顎十郎の大首絵です。

「母子像」に戻ります。江口雄輔の評伝『久生十蘭』(913.6/H76Ye)は、次のように締めくくられている。
「幸子夫人の記憶によれば、『母子像』がガリマール社の『54の世界名短編小説集』に収録されたとき、担当編集者と東京のホテルで会食したことがあり、その印税はフランスの銀行にそのまま預けて、近い将来のフランス旅行の際に役立てることにしていたという。あるいはマサオ・アベ(注:久生の本名)名義の口座が、いまなおありえない主人の訪問を待って残されているかもしれない」。

余談:
『魔都』は「久生十蘭コレクション」の1冊。解説の久世光彦によれば、「昭和九年の大晦日の夜から、十年正月二日の払暁までに、「魔都」では膨大な数の人たちが奔り、交錯し、密告し、捜査し、逃亡し、息をひそめ、そして死ぬ」長編です。目次裏に記された主な登場人物だけでも28人。読者の理解の助けにと、事件の時間的推移を示す時計図3種を掲載しています。
その元日の午前9時半過ぎあたりに、(時計図によって書き方がいろいろ違うが)「日比谷公園の「噴水の鶴」唄う」とある。三流新聞の編集長(=ヤマ師)が企画したイベント(=大博奕)が辛うじて当たったのですが、この場で講演をブッた、有名なる奇人的大理学者の兼清博士にはモデルがいます。

岩波文庫『音楽と生活』(b/760.4/Ka54o)の著者、兼常清佐(カネツネ・キヨスケ)で、奇人的の所以は、文庫冒頭の随筆を二つ三つ読めばすぐ了解できると思いますが、そのうちの「音楽界の迷信」から、彼が楽器のうちで一番愛するというピアノの演奏における「タッチ」について述べた部分を引用します(パデレウスキーは、ポーランド出身の名ピアニスト)。
「ピアノさえ一定すれば、パデレウスキーが叩いても、私がこの万年筆の軸で押しても、同じ音が出るにきまっている。名人のタッチなどというようなわけのわからないものがピアノの上に存在しようとは本気では考えられない」
「パデレウスキーが叩いても、猫が上を歩いても、同じ鍵盤からは同じ音しか出ない。どの指で、どんな形で、どんな打ち方で叩こうと、そんな事は音楽の音とは別に何の関係もない」
「もう音の出てしまった後の鍵盤で、どんな手踊をしてみたところで、その音と何の関係もあるわけがない」
「ただ演奏家の手つきが、ぐにゃぐにゃとして、さも柔かそうに動くから、そのピアノからも柔かそうな音が出るだろうと思うのは、それがそもそも迷信のはじまりである」

…。『兼常清佐著作集』全15巻別巻1(760.8/Ka54)と『音楽格闘家兼常清佐の生涯』(762.1/Ka54Xg)があります。後者によれば、活動写真の俳優をやっていたことがあって、芸名が「相良武雄」、すなわち「アイ・ラブ・ユウ」。

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