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『ハムレット』 2015-03-13

『ハムレット』(深夜叢書社)です。オビに三島由紀夫が、塚本邦雄頌を書いています。
Ⅰ. 塚本氏は短歌を時間藝術から空間藝術へ移し變へた。氏の短歌は立方體である。
Ⅱ. 塚本氏は短歌に新しい祭式を與へた。この異教の祭司によって、短歌は新しい神を得た。
Ⅲ. 塚本氏は天才である。

塚本は『鏡子の家』について、こう書いている。
「「聲」創刊號の…初出、第一、二章以外は頓に色褪せる。…新潮社刊二冊本…は、「鏡子の家」ではなく「鏡子の柩」の感があつた。そして、この否定的な意味をも十二分に含めた上で、『鏡子の家』は傑作であつた。私にとつて、三島由紀夫とはこの小説以外のものではない…」。(『塚本邦雄の宇宙』(911.168/Ts54Ys)より)

定型詩劇と副題の付いた『ハムレット』は、シェイクスピア劇を素材に、塚本が、"紙面を二つに横割りし、それぞれの空間で展開される同一時間の、人間の魂の葛藤の象徴的表現を試みようと"構成・演出したもので、配役はハムレットの佐々木幸綱以下、すべて当代の新進歌人を充て、彼らの詠む短歌と韻文とで進行する。それがページの上下に中央に様々な文字図形を描くさまは百家争鳴、ジャズの演奏でプレーヤー全員が一斉にそれぞれのソロを展開しているようで、めまいを起こしそうになります。

初版は1972年。『塚本邦雄全集』(918.68/Ts54)第4巻に収録されていて、ガートルードを割り当てられた馬場あき子が月報に、「天から降ってきた大きな花びらのように一通の封書を手にしたのが「定型詩劇 ハムレット」への参加の呼びかけ状である。…私と同じ歌誌「まひる野」に拠っていた無名の新人、川野深雪がオフェリアに抜擢され、興奮に震えながら電話してきた」と回想している。2005年には思潮社から復刻版が出ました。

三大紙が、"戦後の代表的歌人"、"前衛短歌の旗手"、"中井英夫や三島由紀夫と親交"と訃を報じたように、塚本は、"戦後最大の"と形容される存在だったが、その美学は、俳句、詩、散文にも貫かれた。『戀 六百番歌合―《戀》の詞花對位法』(文藝春秋)は、鎌倉時代の六百番歌合のうち、戀五十題を採りあげて解説を加え、それぞれに掌編小説と詩を添えた、"三位一體のプチ・モンド"です。単行本は、上下巻合わせて600ページに及ぶ(全集第7巻にあり)。

五十題のうちの「晝戀」、藤原有家作「雲となり雨となるてふ中空の夢にも見えよ夜はならずとも」に付けた掌編と詩は、北村薫が早稲田大学文学部で授業を受け持ったとき、教材に採りあげました。「わたし自身は、ああいう硬質な文章も好きです。また、逆に、粘り気のある一人称も好みです」と始めて、塚本の『詩趣酣酣』を引用紹介しながら講義を進め、「おいしい本ですね」とまとめる。高校の国語の先生だったこともあり、上手いものです。(『北村薫の創作表現講義』(080.1/Sh/Ki68k)より)

掌編小説の初披露は『悦樂園園丁辭典』(薔薇十字社)で、「自稱"瞬篇小説"のたぐひに、高名な短歌を反歌として飾り、…一卷を編んだ」というとおり、13篇のうち短いものは半ページしかない。全集第12巻の『新・悦樂園園丁辭典』は増補新版にあたります。『塚本邦雄の宇宙』に転載された「蘭」の初出は『ミステリ・マガジン』1969年7月ショート・ショート特集号で、日本作家として、小松左京「凶暴な口」や、都筑道夫「温泉宿」などと肩を並べている。オビには「最新小説集」と謳ってありますが、初の小説集にあたる『紺青のわかれ』(今生のわかれのもじり)冒頭を飾りました。その理由は、目次を見れば一目瞭然です。


月蝕
秋鶯囀
冥府燦爛
聖父哀傷圖
紺青のわかれ
見よ眠れる船を
與邦國蠶は秋の贐
父さん鵞鳥嬉遊曲集
朝顏に我は飯食ふ男哉

「秋鶯囀」は春鶯囀のもじり。やはり『ミステリ・マガジン』の1969年12月ブラック・ユーモア特集号に、小松左京「危険な誘拐」、都筑道夫「そこつ長屋」などと共に掲載された。『紺青のわかれ』と同じく全集第5巻所収の『雨の四君子』目次は、「ぶたぶたこぶた」に始まって一文字ずつ減っていき、「葯」からまた増えて「服喪二十四分間」に至る趣向が凝らされている。

ヘロインのショックによる屍体と、その旅行鞄から出てきた、十二神将のひとり頞儞羅大将の像、とある山麓に作られた、一白、二黒、三碧…の九星方陣花苑、そこに秘かに栽培される禁花、「一切他言無用の事、万一右に背きたる節は如何なる制裁をも甘受可仕候」云々の誓約書、干支、茶事作法、一白には金剛石、二黒には黒真珠、三碧には土耳古石…。『十二神将変』(人文書院)はペダントリー横溢の長編ですが、全集には未収録。薄い半透明のジャケットには、方陣花苑圖として、6種の図が描いてあって参考になるのだが、材質のせいで、割れたり欠けたりが目立ち始めた。

"23年昔書き下ろした絢爛豪華な幻の名作ミステリーが文庫に!"は、河出文庫版の惹句です。ジャケット左上に方陣花苑圖の一部があしらってありますが、小さすぎる。中野美代子が巻末エッセイ「天球の方陣花苑」で、たてよこ斜めの和がそれぞれ15の魔方陣5種を図示、分析しています。屍体が見つかったホテルのルームナンバーは618ではなかったか。

かつて『短歌研究』、『日本短歌』などの編集長を務めていた中井英夫は、塚本を見出し世に送り出した功労者とされています。長編小説『虚無への供物』は、日本推理小説史に名を残す中井の代表作として名高いが、『十二神将変』は、塚本が『罌粟への供物』として書いたものだ、と見る人もある。その中井は『ハムレット』の編修に協力していますが、塚本の小説に関しては、
「昭和四十七年の処女小説集『紺青のわかれ』をはじめとする作品群は、徹頭徹尾無視してくれた。それも亦一種の友情であらう。かへつて清々しかつた」そうです。

余談:
三大紙は塚本の逝去にあたり、こぞって、第3歌集『日本人靈歌』(全集第1巻)巻頭歌、「日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係りも」を代表作に挙げているが、この一首と平仄を合わせたかのような句があります。
「八月十五日皇帝ペンギン亡命す」
「天皇に晩夏の空のあるばかり」
(角川春樹『晩夏のカクテル』(角川春樹事務所発売)より)

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