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日本人のラジオ体操(古い雑誌から) 2015-12-01

『サライ』2007年1月18日号です。美味しそうな梅干し御飯の右に、大型特集「至福の一皿」とかいてありますが、もう一つの特集は「ラヂオ今昔物語」。特製CD「ラジオが語った「時代の記録」」が付録でした。CDは大正14年3月22日の放送第一声、コールサイン"ジェーオーエーケー(JOAK)"の繰り返しで始まります。よく聴くと犬の鳴き声がかぶっているが、発信元は、芝浦にあった東京高等工芸学校の、図書館の書庫を借用した仮放送所だった。その次に収録されているのは、ラジオ体操の掛け声です。

ラジオ体操は昭和3年、逓信省簡易保険局が、昭和天皇の即位御大典を祝う事業として提案し、始まった。当初の名称は「国民保健体操」です。愛宕山からの東京ローカルだったが、翌年には全国向け放送となる。掛け声は、陸軍戸山学校軍楽隊からスカウトされた江木理一が担当した。『放送五十年史 資料編』(699.2/N77ho/v.2)に写真が出ています。中央にマイク、右に江木、正面に子供が3名(!)、左にピアノという配置で、髙橋秀実『素晴らしきラジオ体操』(草思社文庫)が引用している図解によれば、"手を腰に挙げて膝を屈伸"しているところです。黒田勇『ラジオ体操の誕生』(781.4/Ku72r)には"片腕を側から挙げながら体を側に屈げ"ているらしい写真がある。この本には、「西本三十二は、東京局に移り編成局長を務めたあと、戦後、教育・研究界に戻り、イギリスのオープン・ユニバーシティを紹介するなど、一貫して放送教育の研究を進め、国際基督教大学教授、手塚山学院大学の学長などを務めた」と、思わぬ名前も登場します。

山崎光夫『健康の天才たち』(新潮新書)の第三章は「ラジオ体操・一億六〇〇〇万人に号令をかけた男」。扉は、ニッコリ笑うチョビ髭男のアップ写真です。山﨑によれば、江木は「身長一五五センチ、体重七十キロ」のフルーティストでした。『素晴らしきラジオ体操』は、「…風体は体操教師というより気のいいおっさんで、人々から「太鼓腹のエビス様」と呼ばれていた。体操中に興奮してくると、白い体操着を脱ぎ、素っ裸で丸々とした腹を晒したが、ラジオなので問題はない」と書いています。

ピアノ演奏をバックに、「全国のみなさーん、おはようございまーす。さあ今朝も、お元気で体操を始めていただきましょう。肉体のこわばったのや、疲れを、この、先にほぐしていただきましょう。うち中みんなで揃ってあんま代わり、散歩代わり。おやおや、お父さんお父さん、新聞をやめて始めていただきましょうよ。よろしいですかー。さあ、それでは第一体操から、よーい、足の運動、はいー」と呼びかけ、イチ、ニ、サン、シと号令に入る江木の声がサライCDに収録されています。逓信省は普及促進のため、「家庭ラジオ体操人形」を作ったという。"家族4人が揃って腰に手をあて、これからラジオ体操するんだという体勢に入った"ものだった。見てみたいものです。(現在はラタ坊というイメージキャラクターがいます)

『素晴らしきラジオ体操』が江木の回想を引用している。"…蒋介石の使者が来まして、三年間二万元で来てくれという話がありました。私は「この仕事を離れられるか」と言って断ったので、蒋介石の使者は、結局レコードに入れて帰った"。『健康の天才たち』は、これは年二万元という条件で、大卒初任給が50円だった当時の20,000円以上にあたると解説し、さらに、二二六事件に触れます。"いつものように愛宕山を登ろうとした江木は武装した兵士たちに行く手を塞がれた。「立ち入り禁止だ」兵士は高圧的に銃で江木の胸を押した。「アナウンサーの江木だ。これからラジオ体操の号令をかけに行く」江木が言うと、武装兵士は道をあけた。このクーデターの日もラジオ体操は放送されたのである"。放送開始から昭和14年5月まで、10年間余無欠勤でした。ラジオ体操が効いたのか? ならば、ピアノはもっと健康に良いといえる。伴奏を担当した丹生健夫は、戦後の中止期間を除いて昭和40年3月までピアノを弾き続けた。

敗戦後すぐの中止は、「一つの号令で三百万人が動く」ラジオ体操を危険視したGHQの命令による。のだが、ほんの一週間のことで、8月23日にはもう復活しています。二度目の中止は昭和22年9月から26年までと長い。原因は皮肉なことに、日本放送協会(NHK)が制作して21年から放送した「ラジオ体操改訂版」にあった。武田徹(ICU卒)が『NHK問題』(699.21/Ta59n)に、"号令なしに音楽に合わせて「自発的」かつ「民主的」に体操をするものだったが、この改訂版は人気を得られず…"と書いています。『素晴らしきラジオ体操』によれば、号令なしで自発的に・やっていると愉快になり・思わずアメリカ気分になってしまう、はずが、「実に難しい」ものだった。NHKの機関誌『放送』に携わっていた奥屋熊郎に至っては、「ラジオ体操の本質と時代大衆との関連性について、企画者の認識が悲惨なほど上ずっていたために、ラジオ体操ののれんをよごし、屋台骨を亡ぼし、おまけに澎湃たる大衆の欲求に背を向けてしまったのだ」と手厳しい。再改訂版(=現行版)で出直したのは、昭和26年5月のことです。

再改訂版は、10人の原案作成委員が1ヶ月「意見の交換」をして完成したことになっていますが、委員の一人、遠山喜一郎(昭和11年ベルリンオリンピックの体操選手!)は、「あの頃は、みんなで意見を出し合うことにしなきゃ、民主主義じゃなくなるからって人を集めただけだよ」と前置きして、髙橋のインタビューに次のように答えています。
―では、遠山さんがひとりで?
「ひとりでつくらなきゃ本物がつくれるわけないだろう。意見をいちいち聞いてたら継ぎはぎだらけの着物になっちゃう。いいか、ラジオ体操の命は"流れ"だ。動きの"つなぎ"だ。リズムの"流れ"だ。これがなければ死んだとおなじだ」
―おっしゃる通り、ラジオ体操は不思議と、やりはじめると最後までやってしまいますね。
「だろう」
―その上、まったく疲れないですし…
「わかってきたな」
―どこからこのアイデアを…
「どこからも何もない。いいものはひとつしかないんだ」

背伸びに始まる各動作の順番と深遠なる(?)意図は以下のとおり。

「背伸びは"欠伸"と同じで、目覚めた時、誰でもしたくなる。これは自然の流れだ。次に手足の運動がくるのは、いきなり心臓に負担をかけないために、できるだけ心臓から遠くの箇所から徐々に動かすためなんだよ」
―では、なぜ腕を振るのですか?
「人間が歩く時、腰に手をあてて歩くか? 腕を振って歩くだろう。腕を振って脚を動かすのが自然なんだよ」

突然、天に向かって腕を突き上げる動作は、
「それまで曲線を描いて動いていたのを、いきなり直線にするんだ。すると、姿勢が正しくなる。ラジオ体操はあそこまでいくと姿勢が崩れてくる。それをあれで正すんだ」
―ではなぜ、跳躍をするのですか?
「場所の移動だ。人間は一つ所にずっといると飽きてくる。苦しくなる。先生が生徒を廊下に立たせるのはそれを利用しているからだろ。だから空中に移動させてやるのだよ」
―全部考えてあるんですね。
「あったり前だろう。ラジオ体操は奥が深いのだよ。ふっふっふ」
髙橋さん、再構成してませんか、と思わずツッコミたくなる面白さです。

同じ再改訂版の制定委員浜田靖一は、「不思議なことですなあ。何でやるんでしょうかねえ、ラジオ体操」なんて言っている。
―日本人は体質的に集団で体操するのが好きなんでしょうかね。
「いや、体操が面白いなんていう人、おるわけないでしょう」
―では、なぜ拡まったんでしょうか?
「当時、あれは呪術のようなものだったんでしょうな。それも集団でやる呪術」

呪術の効果(?)は、特に高齢者にあらたかなようです。雨が降ろうが、雪が降ろうが休まないという人がいる。毎日体操しているから、濡れても風邪はひかないとのこと。実際、カッパを着て体操する。こんな声もあります。「毎日やらないと早死にする」、「休むと死んだと思われる」、さらに、「ラジオ体操していると死なない」。なぜ毎日やるのかといえば、「ラジオ体操は毎日だからだ」。この人たちに言わせると、腰を屈めてするゲートボールは「年寄りのスポーツ」で、「ああなったら終わり」なのである。

『NHK問題』が、「全国津々浦々に亘り、数百万の国民が同じ号令の下に一糸紊れず、同一の運動を行ふことを考えますと、実に爽快極まりないものがあります」という、昭和8年開催の明治神宮体育大会における鳩山一郎文部大臣の式辞を引用しているが、まさかアベさん、「一億総活躍はラジオ体操から」などと言い出さないでしょうね。マイナンバーの次にラジオ体操出席カードが届いて「一億総監視社会の実現」など、悪い冗談は願い下げにしたいものです。(M)

おまけ:Wikipedia「ラジオ体操」の「その他」にある、2010年4月のBBCニュース
A group of Japanese tourists found a novel way to pass time at Roissy airport in Paris, taking part in an impromptu exercise routine. Their flight home had been cancelled due to the volcanic ash cloud.
クルーに"Are you from Japan?"と訊かれて"Japan, Nara"と答え、「からだを前後に」、「正面」、「はい、戻して」などと声を掛け合いながら、イチ、ニ、サン、シとラジオ体操をする日本人旅行者たちの動画がアップされています。

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