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「はじめは恋、あとで愛。」(古い雑誌から) 2016-07-28

カッコ付きのタイトルは1989年パルコの広告コピーです。ライターは魚住勉さん。『人生を教えてくれた 傑作!広告コピー516』(文春文庫)から引用しました。

さて、『クロワッサン』創刊号(1977年5月号)です。表紙には、タイトルの上に”an·an famille”、そして右下には「ふたりで読むニュー・ファミリーの生活誌」の文字が。今とはずいぶん違いますが、〈新しい生活情報を速報する女の新聞〉の触れ込みで現在の体裁になったのは創刊から1年後のことでした。 familleはフランス語で家族という意味です、と説明のある創刊号目次を見ると、ファッション、食べる、インテリア、教育・育児、旅などのほかに、MEN’S CROISSANTのコーナーがあります。特集はゴシック体で「16万円でピアノの音が階下に響かなくなりました」。そして、3本ある連載のうち、特に小さな字で書いてあるのは「男の買物」です。

その第1回は、当時、東京フィルハーモニー交響楽団の常任指揮者だった尾高忠明の「ザルツブルグで買った薬味入れなど。」でしたが、オーケストラにザルツブルグとくれば、モーツァルトだろう。そう思いながらページをめくっていくと、ありました。イングマール・ベルイマン監督の映画『魔笛』の紹介記事です。これ、観たなぁ、ビデオも持ってたのに…と考えるうち、旧D館オーディトリアムで観た、ICU生による『魔笛』を思い出しました。いつだったかと調べてみると、ICUホームページのGlobal ICUに菅尾友(すがお・とも)さんのインタビュー記事を発見。そうそう、「すがおのオペラ」と云ったっけ。録画は残ってないんでしょうか。夜の女王も熱演だった。菅尾さんは1998年4月人文科学科に入学、『魔笛』公演はその1年後だったとのこと。現在はオペラ演出家です。

当代随一の演出家宮本亜門も『魔笛』を手掛けています。大きなスクリーンでテレビゲームを始めた子供たち。そこへ三つ揃いスーツに黒縁メガネの父親が鞄を提げて帰ってくる。馘首か左遷か分かりませんが、1枚の書類を取り出して自暴自棄の様子。ヤケになって暴れるうち、スクリーンを突き破ってゲームの世界に入り込んでしまうところで序曲が終わる。 砕ける前のスクリーンには、「このゲームは君を変える」、「さあ、挑戦しよう!」、「君も英雄になれる」などの文字が(ドイツ語で)現れ、第1幕が始まると、父親はタミーノ王子となって、パミーナ姫を取り戻すべく「魔法の笛」を武器に試練に立ち向かう。宮本版『魔笛』はRPG仕立てなんですね。開演前の舞台にはQRコードが大きく映し出され、『魔笛』のゲームアプリがダウンロードできたそうです。

上演にあたっては、対象と映像をぴたりと重ね合わせるプロジェクションマッピングが駆使されていて、スクリーンが砕け散るシーンもそうですが、瞬時の場面転換にも威力を発揮しています。 もう一つの見ものは登場人物の扮装です。ザラストロのノウミソ頭もすごいけど、夜の女王のバクハツ頭と3人の侍女のトンガリ頭、そして女王と侍女のデフォルメされた姿はぶっ飛んでます。コリン・ディヴィス&コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団のこわ~いメイク(侍女は前頭部を剃り上げ、髪をうしろに平たく扇形に。女王は同様の前頭部に小さい三角形の前髪を残して、まるで思い切り剃り込みを入れたよう。侍女の髪型に似せたティアラを飾り、目元は黒く塗る)とは対極にある面白さ。ぜひご覧になって下さい。

第1幕の最初の方で、夜の女王の侍女がタミーノにパミーナの絵姿を見せる場面がありますが、その見せ方はいろいろです。図書館所蔵のジェイムズ・レヴァイン&メトロポリタン歌劇場管弦楽団盤(DVD/766/Op694/v.16)は、やや大きめの楕円形で付属物はありませんが、たいていは手札サイズぐらいで、飾りがあったり、ひもやベルト、チェーンが付いていたりするものが多い。変わったところでは、

などさまざま。

映像で示す演出もあります。

宮本版ではスマホが使用されています。

『モーツァルト』(762.34/Mo98XseJ)の著者スタンダールは『恋愛論』(引用は大岡昇平訳(b/934/B396aJo)より)第2章「恋の発生について」で、恋する心の動きを7つの段階を追って説明しています。

五は、「恋する男の頭を二十四時間働かせるままにしておけば、諸君は次のことが起るのを知るだろう」という“ザルツブルグの小枝”の例えで有名な、第一の結晶作用が始まる部分です。

冬、塩坑の奥深くに葉の落ちた小枝を投げ込んでおき、2,3ヵ月して取り出すと、それは輝く塩の結晶に覆われ、きらめく無数のダイヤモンドで飾ったように見える。もはや、ただの小枝ではない。というエピソードに言及して、スタンダールは「私が結晶作用と呼ぶのは、我々の出会うあらゆることを機縁に、愛する対象が新しい美点を持っていることを発見する精神の作用である」と述べ、『恋愛論』補遺の一文「ザルツブルグの小枝」で、この結晶作用の実例を詳しく物語っています。(ザルツは塩の意。その昔、サルツライオンという塩入りハミガキがありました)

タミーノは、上に書いたような様々なやり方でパミーナの絵姿を見せられ、恋に落ちるアリア「なんと美しい絵姿」を切々と歌います。その目に映ったのは「葉の落ちた小枝」ではありませんでした。そして二人は、与えられた数々の試練を乗り越えていく。あたかも、スタンダールが云う、

のステップを踏むのに似た展開です。

もっとも、竹原弘『古典で読み解く哲学的恋愛論』(152.1/Ta61k)は大岡訳を引用しながらも、「すなわちスタンダールのいう結晶作用は、恋愛の相手を美化することであり、しかも実際以上に美化することを意味します。俗な言葉で言えば「あばたもえくぼ」ということになります」とクールです。確かに、時にフラつきながらも、恋だの愛だのゴチャゴチャ考えないパパゲーノの方が、ずっと活き活きしている。

(M)

おまけ:

「ザルツブルグの小枝」という曲があります。作曲者はジャズピアニストの佐藤允彦。彼のリーダーアルバム『パラジウム』に収録されています。

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