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図書館小説に異議なし?(古い雑誌から) 2017-04-15

『文學界』(P/913.6/B89)2015年4月号です。特集は“「図書館」に異議あり!”。現場ルポとシンポジウム採録を掲載しています。ルポは「六年ほど都内の図書館で働いていたことがある」ノンフィクション作家の与那原恵。佐賀県内で隣り合いながら、民営化で話題を呼んだ武雄市図書館と市民参加型の伊万里市民図書館の、対照的な二館を取材しています。詳細は本文に譲りますが、タイトルは「「民営化」の危険な罠」です。

シンポジウムは日本文藝家協会の主催による。「公共図書館はほんとうに本の敵?」と題して、大学教員、出版関係者、作家らが発言しているが、いずれも「そんなことはない」と言いながら、本題に触れることのない総論に終始した感があります。ここは一発、「公共図書館(及び新古書店)は本当に書店と作家と出版社の敵か?」というテーマでやって欲しかったと思いますが、ま、それは望む方が無理というものか。
こぼれ話ですが、パネリストの一人である林真理子が、武雄市図書館の民営化を推進した樋渡啓祐市長のことを語っている。
“私が意地悪く、「これで名前を売って、いずれ国政に出るおつもりなのではないですか?」とお尋ねしたら、樋渡さん、「絶対そんなことはありません。武雄の市長として一生ずっとこの図書館を守り抜く」とおっしゃった。ですから昨年十二月、樋渡さんが、自民党の全面支援を受けて佐賀県知事選挙に出馬したときは唖然としてしまいました(笑)”
結果は与那原のルポにあります。

この特集を思い出したのは、今年の『文學界』4月号に、公共図書館の出てくる小説が2作掲載されたからです。
一つは牧田真有子「塗り絵と標本画」。“僕”は、来館者は多いが窓口担当スタッフは一名だけの小規模図書館に勤めている。塗り絵の本を購入して欲しいと何度もリクエストしてくる男がいて、“僕”はあれこれと代案を出します。
「さして知識もスキルもないくせに、僕はレファレンス業務に携わるととまらなくなるたちだ。サービスを停止するタイミングを見失うことにかけては確かな実績がある」。

これがレファレンスの専任だと、こんなことにもなります。門井慶喜『おさがしの本は』(光文社文庫)の舞台はN市立図書館。和久山隆彦は調査相談課員です。第一話「図書館ではお静かに」は、「シンリン太郎について調べたいんですけど」と短大国文科の学生がレファレンスカンターにやって来るところから始まります。
「森林太郎(もりりんたろう)と読むんです」「変な名字」「名字はモリですよ。モリリンじゃなくて。高校のころ習ったでしょう、鴎外の本名」「ああ」とやり取りがあって、学生はルーズリーフに書いたレポートの課題を見せる。

“林森太郎『日本文学史』を読み、考えたところを記せ”

「…その森鴎外の『日本文学史』っていう本はどこにあるんですか?」「ありません」「追い払う気ね」「ほんとうに存在しないんですよ」攻防は続きます。隆彦は「写し誤り」とルーズリーフを爪ではじく。「現にほら」「ほんとだ」「これではリンシン太郎です」。

学生(河合志織といいます)は『鴎外全集』の総索引(913.6/Mo45/1971/v.38)を調べます。5分後、「わかりました!」「もう?」「林森(はやしもり)カズヒトっていう軍医がいたのよ、当時。カズトかもしれない。…」。鴎外がその人物に関する報告書を書いていて、「きっと日本文学史がらみなんだ」。志織が示したところには、在伯林森一等軍醫報告とありました。
隆彦はあからさまに長い溜息をつく。「こう読むんです。在ベルリン、森、一等軍医、報告。…」。鴎外は陸軍省所属の軍医でベルリンにいたことがある。「かの国から日本の上司へ、衛生学の研究の進捗状況を報告した、それだけの話」「文学史とは関係ないのね」「一からやり直すほうが賢明かと」。しかし、林森太郎著『日本文学史』は実在したのです。
図書館の本には、たいてい背表紙の下の方に、数字やアルファベットを書き込んだシールが貼ってありますね。『おさがしの本は』単行本の背表紙にはあのシールがブランクのままで印刷してあったと記憶します。

国語科の「国語資料集」を手に、パラパラと「森鴎外のページ、夏目漱石のページを飛ば」しているのは、『文學界』4月号掲載のもう一つの作品、青木淳悟「私、高校にはいかない。」の主人公君島澪です。父親が市立図書館に勤めています。かたわら、郷土関係雑誌に名前が載ることもある「草モウの郷土史研究家」で、家では常に何かを執筆している。
「あんたいま偏差値いくつよ」と言われながら、姉が卒業した“ニュータウン地区内の公立校ではトップ校、いや「旧一〇学区」の都立高校中でも國立高校に次いで偏差値の高い”一宮高校を受験すると宣言してしまう澪は、多摩丘市立大栗中学校に通っています。多摩丘ニュータウンの片隅に生まれ育って、京玉電鉄の各駅停車駅が最寄り駅の藻草団地に住む。隣り駅には急行も停まり、京玉百貨店もあるが、新宿へ行くには巨多摩川を越えなければならない。父親の勤務する市立桜台図書館へは電車を利用して一駅隣りの城跡桜台駅で降りる。

それってパクリじゃん、と云う声が聞こえてきそうですが、大正解。青木本人がつぶやいています。
「…。こっそりと、アニメ『耳をすませば』の二次創作(?)をしました。あの世界観に触れたいとの思いで…。そう、『耳すま』を年間300回観た、日本記録保持者は私です。気持ち悪い人ではないです。」

天沢聖司ならぬ宮座賢司も登場する。図書室から持って来た本のブックカードにその名前は書いてあった。読んだ人の名前がわかって嬉しいという澪に父親は、借りた人の氏名や日付を誰でも簡単に知ることができるのは問題だ、と「読書の秘密」について話します。
「読者が何を読むかはその人のプライバシーに関することであり、図書館は、利用者の読書事実を外部に漏らさない。」と始まる日本図書館協会の『図書館の自由に関する宣言』(『最新図書館用語大辞典』(R/010.33/Sa229)に収録)の第3「図書館は利用者の秘密を守る」ですね。
もっとも、父親は「そんなこと、実際には起こりっこない」と言い、こう続けます。「僕のいいたいのはつまり…図書館にやたらと幻想を抱いてはいけないということなんだ。物語の中の図書館と現実の図書館は違う。妄想なら妄想のまま留めておくべきであって、もし『読書の秘密』に反するような行為があれば、日本図書館協会が黙ってはいないだろう。つまりだね、個人のプライバシーの保護とはそれくらい重要だってこと――」

2015年10月、村上春樹の卒業した神戸高校が、旧蔵書から出てきた彼の名前が書いてある帯出者カードを『神戸新聞』に提供し、同紙は写真入りで扱った。他の生徒の名前も読めたといいます。日本図書館協会は翌11月、この問題に関する調査報告を発表した。

「そういや、村上春樹が高校時代に借りた本が報道されて問題になったことがあったね」「そう」「だけどさ、昔は本の後ろのカードに借りた人の名前がずらっと書いてあるところもあったし、代本板とかもあったから、まる分かりだったじゃん」「そうなの。だけどIT化してカードとかがなくなって、それでかえって秘密厳守が厳しくなったみたい」

『文學界』2016年9月号「細雨」の主人公の一人、25歳の区立図書館員倉持里沙と友人との会話です。話し相手は高校時代の同級生で、里沙とは文学仲間だった。話は続く。

「守秘義務ってのはやめたあともついてくるんだよね。だから私が、小説書いて図書館やめても…」「…それで、図書館の内幕もの小説ってのはないのか」「ない。漏れてもこない。あと…」「なに?」「図書館情報学っていうんだけど、その世界が気持ち悪い」「どういう風に?」「偽善的…」「はあ…」
友人が訊きます。
「じゃあ、図書館やめる?」「…いつかはね…」「かわいそうに。あんなに図書館に幻想抱いていたのにね」

里沙は図書館員をしながら小説を書いてデビューするのが夢で、「筑波大の図書館情報学部というところ」へ進んだ。もっとも、「合併して筑波大になった、というところが嫌で、いつも図書館情報大と言ってきた」のだった。このあたり、「筑波大」と一緒にして欲しくないと、その前身の「東京教育大」(知ってるかな?)の卒業生が言うのに似ているんじゃないかという気がしますが、私ごときがソンタクすることじゃありませんね。ついでですが、図書館情報大の前身は図書館短大といって世田谷区下馬にありました。

もう一人の主人公は宇留野伊織といい、「五十歳くらいだろうか、芥川賞候補になったこともある人だが、元は大学の先生だったはずだ。髪はぼさぼさで眼鏡をかけて無精ひげをはやし」、「大阪の大学助教授だったのが、同僚ともめて辞め、東京で非常勤講師をしており、東大の駒場でも教えていたのが、これまたトラブルがあって辞め、今は筆一本になっているというのが本当のところらしい」かなり特異な人物として登場する。社会学者の北台権司という割と知られた人が東大図書館の本を借りたままずっと返さずにいたことを、書名をつきとめてネット上にアップしたこともあったようです。
自ら「私は昔、学生を落としたときにスタンガンを持って大学へ行ったことがある」などと言う宇留野は、作者である小谷野敦本人とどの程度カブッているのか…。なお、彼が書いてベストセラーになったという『さえない男』の実際のタイトルはOPACで見つかります。ご検索あれ。

中華料理店でバッタリ出会った宇留野に、里沙は切り出します。「ベストセラーの副本問題ってありますよね」「ああ。灘潮社の社長が何か言ってたね」「どう思われます?」「まあ私も昔は、ベストセラーたくさん買い込んで、とか思ってたけど、あれ、買わないからって予約してる人が自分で買うってことはないと思うんだよね」。
新潮社の常務取締役は『文學界』2015年5月号のシンポジウムで、「わたしは本が売れないのは図書館のせいだなんて言っていません。本が増刷できないことが非常に困ると申し上げているのです」と発言している。

同じシンポジウムで林真理子は、2015年2月21日集計の文京区11図書館の貸出上位30(直近6カ月合計)と予約待ち上位30を示しています。貸出のトップは『舟を編む』(2011年9月刊)で427回です。第2位は『夢幻花』(2013年5月刊)の397回。予約待ちの1位は、11図書館で18冊の複本がある『フランス人は10着しか服を持たない』(2014年10月刊)で550件、複本12冊の『サラバ! 上』(2014年11月刊)が519件で続く。

里沙は、“年間五十人回るとして、五百番なら十年先になるのだ。実際には十年待つ人などはいないだろう。こういう利用者たちは、いま話題のあれ、だから待っているのであり、時が過ぎて話題のあれ、でなくなれば、もう興味はなくなり、予約したことも忘れてしまう…”現状に疑問を感じていて、その予算で学術書を備えておくべきではないかと思うのですが、図書館内ではまだ口にしたことはありません。

宇留野は「その、ベストセラーを買うカネで学術書を買うべきじゃないか、って点には誰も答えてないね」と問題提起します。「それはまあ、私もちょうど書くつもりでいたんだけど…」「学術書を買うべきだ、ってことですか」「うん。でもまあ、誰も答えないだろうな。都合が悪いことは、世間の人は答えないから」。

『おさがしの本は』第三話は「図書館滅ぶべし」です。市長秘書室から新副館長が転属されてくる。図書館不要論者です。「N市にはお金がない」を根拠に、腹の足しにもならぬ図書館なんぞに予算を割くのは無駄、購入図書を見ても貸出実績を見ても、無料貸本屋ではないか。それなら書店なり新古書店などの大手チェーンを誘致すればよい、と主張する。(これ、親本の刊行は2009年7月です。2012年の武雄市図書館民営化よりも前)
隆彦は「過去の文書の保存もあります」と反論しますが、新副館長は、本庁の教育委員会の下あたりに専門部署を設けた方がうんと安上がりと切り返し、隆彦が調査相談担当と知ると、レファレンスは特に不要、性能のよいコンピューター二、三台で肩代わり可能、と片付ける。レポート作成の手助けは?市民の思い出の本を探してあげることは?と隆彦は食い下がりますが、「レポートの手助けは大学教員の仕事。思い出の本を探すのは古本屋の仕事」と相手にされません。逆に、研修と称するレファレンス・クエスチョンを受けることになる。

或る一つの語をタイトルに含む本。その語は、
A 意味的には、日本語における外来語の輸入の歴史をまるごと含む。
B 音声的には、人間の子供が最初に発する音(おん)によってのみ構成される。

外来語の輸入にはだいたい三つの型があるが、それを年代順にすべて含む、日本人が日本語で書いて日本の出版社が発行した本だ、と副館長は追加説明する。そして、
「もうひとつサービスするぞ。本そのものの内容は、外来語とも人間の発音とも関係がない」

隆彦は同僚たちと協力して研修に取り組み、唖然とせざるを得ない答えに到達するのですが、そこに至るまでの経緯を記述した部分は、レファレンスを担当したことのある図書館員にはひとしお興味深いと思います。

ここで、私からも出題。
「細雨」の里沙が務めているのは如月図書館といいます。最寄り駅は平田山です。彼女は「ここの裏手は、ほら松本清張さんが住んでいて、今もご家族が住んでらっしゃるし、駅のほうへ行くと、あ……あ……、何だっけ」と言いよどむ先輩職員の言葉に、阿刀田高だなと思ったり、「沿線には東大教養学部の学生が住んでいる率が高いそうなのだが、それで駅前の書店には、レヴィ=ストロースの難しい本なども置いてあったのか」と考えたりするのですが、さて、「平田山」のモデルになっているのは何駅でしょう?
(M)

おまけ:
『おさがしの本は』最終回では、副館長は館長に昇格しています。図書館不要の主張は変わりません。問題はついに、N市文教常任委員会の討議事項となりました。隆彦は存続派の参考人として招致され、発言を求められる。足かけ4ページに及ぶ彼の弁論は一読に値します。

このシリーズの始まりは2015年7月の「図書館長アナウンサー」でした。いろいろと回り道をしたあげくまた図書館に戻って来た今回をもって、最終回とさせていただきます。
お付き合い下さいました皆様、本当にありがとうございました。(M)

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