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死ぬまで夢を見てたいやん 2018-02-05

小林信彦の『パパは神様じゃない』(晶文社)は、石川喬司によれば「育児書のパロディ」です。次女の誕生前から一歳半までの成長記録エッセイで、育児書を父親の立場から書こうとしたユーモア・エッセイと云えましょう。例えば名前を付けるにあたり千思万考(とは書いていませんが)、ついに「由紀」に決めるが、「だが、待てよと思う。こんな名前の人がいたではないか……」そこで、その人に電話して「これは冗談ではないのです、とおことわりする」

その由紀が、数歩ですが歩けるようになります。毛糸のパンタロンをはいて足をのばしたまま歩く様子を小林は、「まるで、ボリス・カーロフ扮するフランケンシュタイン・モンスターみたいだ」と表現している。フランケンシュタインの怪物と云えば "頭は扁平、顔は継ぎはぎで首から電極が突き出ている" 姿をすぐ思い浮かべますが、これはカーロフが始めたもの。あの歩き方について「なにしろ重い。メイクだけで五・五キロ弱。衣装と合わせると二十九キロあったんやて。あのごついブーツが十一キロ以上。硬直したみたいな歩き方は必然でもあったんやな。靴底の厚さは六センチ強」と自著『シネマで夢を見てたいねん』(晶文社)で明かすのは、大阪の喜劇俳優芦屋小雁です。カラー口絵には、怪物のポートレートとカーロフがサインしたホテルの宿泊カードとが並んだ額装の写真が載っています。

別のところに「ボリス・カーロフの演(や)らへんフランケンシュタインは観に行かへん、ちゅうようなもんや」と書いている小雁ですが、とんでもない。第四章の2「名なしの怪物」は、その後のフランケンシュタイン映画のことも事細かに記しています。カーロフ版についても目配りは欠かさない。湖のほとりで少女が花を摘んでいるところへ怪物が現れる。いっしょに遊ぶうち、少女が花を湖に投げると水面に浮きます。怪物も真似をする。やがて花がなくなると、怪物は楽しそうに笑いながら、少女の方へ腕をのばす。ここで画面は切り替わるんですが、「ごく最近、えらい物(もん)が発掘された。湖のシーンの末尾に、まだ続きが二(ふた)カット見つかって、復元されたんや」
一つは、嫌がる少女を怪物が抱き上げて湖の方へ投げるところ。もう一つは、怪物の背中越しに、少女がもがく水しぶきだけが映っているところでした。「試写で不評につき割愛されたという。観たけどこの二カット、ない方がええと思う。ない方がずーんと怖い」

実は小雁は、怪奇・SF・ホラー映画フィルムのコレクションにかけては日本一とまで称されていた。『シネマで夢を見てたいねん』プロローグは「ぼくの宝物、ちょっと写真(これ)見て下さい。『狸の風船玉』。レトロでモダーンなアニメでしょ。子供の時分、シーツに映して遊んだ紙製のフィルムと手回しの専用映写機です」と始まります。
写真というのは、カラー口絵「ぼくの宝物 芦屋小雁コレクション」で、ボックス型手回し映写機、手回し映写機用の「のらくろ」アニメフィルム、5色フィルター付き9.5ミリフィルム映写機などが掲載されている。
1970年代に開催された東京SF大会に、密かに入手していた『スター・ウォーズ』の8ミリダイジェスト版をこっそり持っていって上映したこともあります。未だ日本公開前で誰も知らない。一部で噂している程度だった当時のことです。「メインの、みんなが集まる大きなホールがあって、そこで知らん顏してバァンと映したったんや。そしたら全員、ウワァ――ッ どよめいた。(中略)この時は、フィルム溜めてて良かったな、とつくづく……

初めて本編をステレオ音響の大スクリーンで観た時は、感動に包まれ呆然自失の態だったそうですが、「酔っぱらったようになって、ハッと気づいたら、ぼくは映画館でとんでもないコトをして」いた。「何をしたか、とても恥ずかしくて書けない」と云う行為、この1月に出した自伝『笑劇の人生』(新潮新書)には具体的に書いてありますが、ま、読まんほうがよろし。
自伝によると、『スター・ウォーズ』は35ミリフィルムも持っているそうです。本来は映画館での上映用で、本当なら次の上映館へ送るか映画会社に戻すか、とにかく個人が所持するなどあってはいけない。「ちょっと裏に手を回して買うたんやけど、高かったな」と打ち明けている。輸送中のフィルムをマフィアが盗んでブラックマーケットに横流しするという話を聞いたことがあるとも。もっと前に香港で買ったディズニーの16ミリ・アニメ・フィルム二巻については、「ディズニーは著作権にうるさいから、今やったら問題になるやろね」

コレクションに関しては、テレビ局が貸してほしいと依頼に来た、廃線になった近鉄のトンネルを譲り受けて保管場所にしていたなどの逸話を耳にしたことがありますが、未確認。自伝でも触れられていない。誰かが伝記を書いてくれないものかと思います。28歳年下の女優と再婚したのはいいが、フィルムの処分を迫られて泣く泣く大半を手放した経緯も詳しく。

小雁さん、捨てきれず手許に残したものもあったんでしょうね。誰かが密かに持っていたために生き延びたといえば、 "最初にして最高の吸血鬼映画" と評される『吸血鬼ノスフェラトゥ』があります。2007年11月発行の『YASO 夜想』(ステュディオ・パラボリカ)がヴァンパイアを特集し、6ページをこの映画の解説に充てているが、簡単にいえば、ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』(E/933/St75dJ)を、1922年に版権を取らずに映画化した。それをストーカー夫人に提訴され、フィルム破棄の判決を受ける。が、破棄を免れたフィルムがあって、1929年にはアメリカで公開された、ということです。小雁によれば、アメリカ公開時のタイトルは『第12の時』だった。

さて、ドラキュラです。ウンチクを傾けた『シネマで夢を見てたいねん』の中でも、第六章「銀幕の吸血鬼たち」は特に充実しています。「ドラキュラとはこの人なんだ!」と始まりまり、「初めにクリストファー・リーのドラキュラ伯爵ありき、や。」となる。
「恋みたいなもんやな。観られる映画は全部観る。本を漁る。映画の本、ドラキュラ以外も吸血鬼全般の小説やら歴史やら民俗学やら。やわらかいの、専門書ふう、洋書にまで手を出して。今みたいにたくさんの吸血鬼本、出てへんかった」

確かに、ドラキュラといえば『吸血鬼ドラキュラ』(1958年)のクリストファー・リーと衆目の一致するところ。しかし、皆さんご存知の、黒いマントに夜会服、髪を撫でつけた姿は、ベラ・ルゴシの『魔人ドラキュラ』(1931年)が定着させたものです。実はルゴシ、『フランケンシュタイン』(1931年)のカメラ・テストも受けている。小雁は「スケジュールの都合やら、メイキャップ・テストの結果が「うーん……」やらで、無名の悪役ボリス・カーロフにお鉢が回って」きたというが、メイクに7時間近くかかる、表情に乏しくなる、セリフが少ないなどが気に入らず断ったと『YASO 夜想』にはあります。しかし、『フランケンシュタインと狼男』(1943年)では怪物役を引き受けた。

第三次吸血鬼演劇ブームというのがあったそうです。1979年には日本に上陸、池袋サンシャイン劇場でオフ・ブロードウェイ版『ドラキュラ・その愛』が上演される。主役は、今春早々に二代目白鸚を襲名した、当時の市川染五郎でした。「台詞に不思議なアクセントを工夫して、伯爵の異邦人らしさを強調したのは、ルゴシへのオマージュやったんかも。これはドラキュラが日本の商業演劇の主役に立った、初めての舞台やと思う」と書く小雁も、伯爵に操られる狂人レンフィールド役で共演しています。233ページに二人の舞台姿あり。

大阪ミナミを縄張りにする二階堂組は、組長の不死身の哲、シティーボーイ原田、もとプロレスラーのダーク荒巻らが主な構成員で、坂津市にある須磨組を“ほんけ”と仰ぐ。彼らは、須磨の大親分の奇矯な言動に振り回されながら、対立する島田組と抗争を繰り返す。小林信彦の『唐獅子株式会社』(フリースタイル)です。アタマに「唐獅子」と付く17短篇を収録していて、「唐獅子映画産業」はその一つ。
島田組が映画製作に乗り出します。関西に津坂市という架空都市があって、須田組なる極道がはびこっている。「組長の須田は阿呆で、阿呆で、もう、どないもならん男いう設定です。イメージ・キャストとしては、芦屋小雁を考えとるようです」
芦屋小雁、こらもう、むちゃくちゃや、と言うダークに、「小雁はインテリですよ」「彼はむつかしいアングラ芝居に出たり、外国のSF映画のコレクションを持っていたり……」と原田は返しますが、ダークは聞きません。「ええかげんにさらせ。小雁ちゃんやったら、わいもよう知っとる。けど、世間の人が、彼を見て、そないに思うか? 絶対に思わんで。小雁いうたら、あたまが足らんで、『ぼくらァ、少年探偵団……』いう、あのけったいな顔を思い浮かべよる」

新潮文庫版から転載した田辺聖子の解説は、「氏は大阪弁と関係ないお育ちだそうであるが、この中の大阪弁、それも極道もんの用語が、実にあざやかでうまい」と褒めているが、それも道理。小林はあとがきに、大阪生まれの畏友、稲葉明雄氏(故人)に細かく直してもらったと述べている。氏は“稲葉由紀”名義で多くのミステリーやSFの翻訳を手掛けました。小林が次女の名前を付けるにあたって、電話で許可を得た相手でもあります。 (M)

おまけ:
フィリー・ジョー・ジョーンズといえば、『世界ジャズ人名辞典』(スイング・ジャーナル社)に「50年代のドラム奏法を代表する大物ドラマー」とあるとおり、ジャズファンなら初心者でも知っていますが、そんな彼の有名な(しかし誰もあまり聴こうとしない)アルバムが写真の『ブルース・フォー・ドラキュラ』です。成り切りメイクと出で立ちで構えたスティックにはコウモリがぶら下がっている。何でこんな?という思いは、タイトル曲を聴くに及んで、ますます強くなります。イントロからすぐ遠吠えが聴こえると、演奏は後ろに引っ込んでフィリーのナレーションが始まる。
“Welcome. Permit me to introduce myself. I am Count Dracula. I am really the bebop vampire. …”(以下略。解説に原文が載っています)
これが、ルゴシの「…強いハンガリー語アクセントの英語」(『世界シネマ大事典』(778.2/Ke37)より)の声色で約2分間続くのです。

フィリーはルゴシ=ドラキュラの大々大ファンだった。英文解説にも「並外れた傾倒ぶり」 "his singular devotion to the works of the late Bela Lugosi" と書かれています。が、フィリーほどの名ドラマーの初リーダー・アルバムがこれとは…。よっぽどハマッてたんでしょう。ただし、二曲め以降は正気に戻って(?)さすがのドラミングを披露しています。特に、アップテンポの「チューン・アップ」におけるソロは聴きものです。

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