? コラム M氏の深い世界 20190301:国際基督教大学図書館 ヘッダーをスキップ

絵本作家じゃないTOMI UNGERER 2019-03-01

ショートショート作家の星新一は、2冊の『進化した猿たち』(早川書房)を編んでいます。「趣味で集めているアメリカのヒトコマ漫画をいちおう分類整理し、ついでにおしゃべりをつけ加えたもの」です。続けて「趣味であるがゆえに、ばかげたエネルギーと時間とをつぎこみもしたが、趣味であるがゆえに書いていて楽しかったともいえる。なにか趣味をお持ちの方なら、このへんの気持ちはおわかりいただけると思う」といっていますが、はい、よく分かります。

十字路がある。四方から走って来た救急車4台が真ん中で衝突している。水野良太郎編『ブラック・ユーモア傑作漫画集』(早川書房)のジャケットです。収録されている漫画作家は全部で8人。そのうちの一人が、2月13日付けで死亡が伝えられたトミー・アンゲラーです。(カタカナ表記はまちまちで、トミーだったりトミだったり、アンゲラーだったりウンゲラーだったり。西尾忠久『トミ・アンゲラー 絵本の世界』(誠文堂新光社)まえがき部分には、「日本では「ウンゲラー」と表記している例が多いようですが、トミ本人は「アンゲラー」と発音したので、それに従いました」と付記があります)
絵本作家、代表作は『すてきな三にんぐみ』(EH/726.6/U75tJ。英語版はEH/726.6/U75)など、1998年に国際アンデルセン賞を受賞、と報じられています。今田由香『トミ・ウンゲラーと絵本:その人生と作品』(726.6/U75i)も、2017年までに発行部数100万部を超えた絵本112タイトルの中に『すてきな三にんぐみ』が入っていることを引いて、彼の絵本作家としての人気の高さをアピールしている。他にも、『キスなんてだいきらい』(文化出版局)や『へびのクリクター』(EH/726.6/U75cJ)、『フリックス』(BL出版)などの代表作があります。

二年ほど前に、ICU図書館の職員それぞれが絵本を選んでポップを付けて紹介する企画展示を行なったことがありました。私が選んだのは、アンゲラーの『ゼラルダと人喰い鬼』(EH/726.6/U75zJ)で、そのときの紹介文は、
"「ほら、ごらんのように、この家族は、すえながく、しあわせにくらしました」と終わるお話です。〈ほら、おしまいのページの、右下のこどもを、ごらんください〉"
というものでした。

するどい歯、ごわごわのひげ、でっかい鼻、大きなナイフを持った人喰い鬼がいました。人間の子どもを食べるのが大好き。ある日、料理上手の少女ゼラルダを狙いますが、ゼラルダは得意の腕をふるって鬼をすっかり満足させてしまう。それからもゼラルダは料理をつくり続け、そのうちに、鬼は子どもを食べていたことなど忘れてしまう。やがて二人は結婚し、子どももたくさんできるのですが、最後のページの家族みんなを描いた絵の中に一人、ナイフとフォークを後ろ手に持って、生まれたばかりの赤ちゃんの方を見ている男の子がいます。決して、教育的、道徳的な絵本とは思えません。

『キスなんてだいきらい』も同様です。『トミ・ウンゲラーと絵本:その人生と作品』は、原書No Kiss for Mother (1973)に「司書や読者から抗議がなされ、母親像について読者から否定的な意見が届いた」ことを明らかにしています。(1967年にはアメリカ児童図書週間ポスターに彼の絵が採用されたんですが……。コピーは"take off with books")
『芸術新潮』(P/705/G32)2009年8月号〈特集 トミ・ウンゲラーのおかしな世界〉でも、
「トイレで歯を磨くシーンが不衛生だとか、朝の食卓に「シュナップス」の酒瓶が置かれてあるのが教育上よろしくないとか、偽善的なピューリタニズムに支配されたアメリカの児童書の世界からほとんど難癖のような非難をあびたといういわくつきの、ハードボイルドな傑作」
とコメントされている。
今では"傑作"なんですね。2012年のPhaidon Press版には、"The outrageous and controversial classic … back in print for the first time in 30 years"と書いたシールが貼ってあります。

『すてきな三にんぐみ』の表紙をそのまま使用した『芸術新潮』特集号は、アンゲラーの人と作品を知るには最適の充実した内容となっています。例えば、彼がインドシナ戦争中にアルジェリアのラクダ部隊(早駆け用のヒトコブラクダに乗務(?)する)を志願したのは、インドシナにラクダは無用だろうと考えてのことだった。そして、部隊の野営地の地名はゼラルダといった。
特集の中で、本人も『キスなんてだいきらい』に言及しています。
「好意的な批評もありましたが、悪意にみちた批評も受けました。アメリカの児童書の関係者からは教育上、不適切な表現があると難癖をつけられました。わたしの本に対する風当たりが強くなったのはエロティックな風刺画を描き始めてからのことで、とりわけニューヨーク時代も後半の1969年に出版した画集『フォーニコン』、あれがいけなかった」

『ブラック・ユーモア傑作漫画集』に戻ります。ここに掲載された彼の絵は7枚で、いずれもサディスティックでエロティック。出典の記載はありませんが、全て"The Underground Sketchbook of Tomi Ungerer"から採られています。このSketchbookの絵をジャケットに使用した『トミ・アンゲラー 絵本の世界』には、「ゼラルダの人食い鬼」ほか7つのエッセイが収録してあって、著者の西尾忠久は「フォーニコン」の項で、「……トミの作品にはもう一系列あり、『アンダーグラウンド・スケッチブック』『パーティ』に代表されるいわゆる現代アメリカ社会の風刺画である。一九六九年暮れに出た『フォーニコン』はこの系列の延長線上に置ける……」と書いて、童話絵本作家のトミとポルノ画家のトミとどっちが本物か思案を巡らせている。『アンダーグラウンド・スケッチブック』も『パーティ』も、『アイデア別冊 シニカルなイラストレイター トミ・アンゲラー』(誠文堂新光社)にページを割いて紹介されています。

「B4サイズよりも大き目のシート64枚を怪しげな黒い箱におさめ、1969年に出版された」(『芸術新潮より』)"Fornicon"は、日本語版『フォーニコン』(水声社)を監修した伴田良輔によれば、「大判の500部限定リトグラフ集としてサイン入り200ドル(無署名版75ドル)で出版された」。アメリカ議会図書館Library of Congressのデータは、"A limited edition of five hundred copies signed by the author." L. C. copy not signed.となっています。サイズは38センチ。Diogenes Verlag社のドイツ語版は30センチあります。日本語版は19センチで、画集と呼ぶには物足りない。

アンゲラーには『キスなんてだいきらい』についての、もう一つ別の発言があります。
「……米国でもっとも悪い絵本と判断された。トイレで本を読む。酒を飲む父親、殴り合いのケンカ、体罰。ほとんどのページに英米の絵本界では嫌悪すべきタブーが描いてある。でも、わたしが見せたのは人生における真実だ」(『トミ・ウンゲラーと絵本:その人生と作品』より)
人生における真実とは"Facts of Life"に他なりません。アンゲラーは人生のどんな側面も余さず表現しようとした。〈特集 トミ・ウンゲラーのおかしな世界〉に1ページだけ現れる「フォーニコン」は、その一端です。

『ブラック・ユーモア傑作漫画集』で星新一はこう述べています。
「一般のアメリカ一駒漫画は、読んだあとになにも残さない。よくも悪くも、そこが特色。なにかが残るものだったら、何万種と蒐集した私なんか、とっくの昔に頭がおかしくなっているはずである。だが、本書の漫画はその逆であろう」
(M)

おまけ:
『ブラック・ユーモア傑作漫画集』に、こんな絵があります。TELEFERIQUEと書かれた掲示板の矢印に従ってスキー板を肩に乗り場へ向かう大勢のスキーヤーたちの中に、十字架を背負って歩くイエスが紛れている。別の絵では、額に汗して身の丈の倍以上の十字架を担いだイエスが叫んでいる。「ポーター!」。作者の名はモ***・アンリといいます。

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