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Cardim, Antonio Francisco. Fasciculus e Iapponicis floribus, suo adhuc madentibus sanguine / compositus a Antonio Francisco Cardim, Romae : 1648

(カルディム著, 日本殉教精華, ローマ 1646年) キリシタン版ではないが、鎖国後の1648年、キリシタン殉教についてローマで刊行されたたもの。もともと3点ものであるが本学図書館ではそのうちの1点を所蔵している。宣教師や日本人キリシタンたちの活躍とその後の運命について書かれている。

―ご挨拶―

前回好評を博した『バンクス植物図譜』は18世紀、キャプテン・クック第一回世界探検航海に同行したバンクス卿の植物標本をもとに、銅版から彩色図譜として出版されたものであった。産業革命が進展した18世紀は、大海を隔てた未知なるものが多くヨーロッパ社会にもたらされた時代であった。さらに時代を遡り15~17世紀の大航海時代に目を向けてみよう。地理上の発見を機に、ヨーロッパからみた未知なるものへの関心が世界史を動かすところとなったのが大航海時代であった。また大航海時代はキリスト教信仰の種が広く新天地に蒔かれた時代でもあった。

1549年8月15日、イエズス会司祭フランシスコ・ザビエルの鹿児島上陸によって、日本にはじめてキリスト教が伝えられた。当時の日本は、長き戦乱の世を収めた織豊政権による天下統一が進んだ時代であった。同時代、日本に伝わったものにはキリスト教のほかに銃、活版印刷術があげられる。今回の展示は、西洋活版印刷術によって日本で刊行された『キリシタン版』に注目した。展示しているキリシタン版ファクシミリ(複製)数点は、現在、希少中の希少な存在であるキリシタン版をもとに複製されたものである。『キリシタン版』とは天正の遣欧少年使節(1590年帰国)によってヨーロッパから日本に初めてもたらされた、グーテンベルク式印刷機を使って印刷された刊本のことである。長崎などに開かれたセミナリヨ(神学校)で印刷された書物の多くは、キリスト教布教を目的とした信仰書、教職のための語学書などであった。

当時最新のテクノロジーであったグーテンベルク式印刷機はフル稼働し、布教上大きな力を発揮した。しかしながら、本能寺の変以降、時の政権はキリスト教禁教政策をとることとなった。その後のキリシタン大迫害に至って、いったんは根付いた西洋活版印刷術は跡形もなく消し去られてしまったのである。キリシタン版印行に用いられた活字は現在1本も発見されていない。一説には潰されて火縄銃の弾にされたともいわれている。厳しい弾圧のなか、キリスト教信仰は江戸時代を通して地下に潜伏した隠れキリシタン(潜伏キリシタン)たちによって受け継がれた。現在、キリシタン版は世界中で32種70数点が確認されている。

2006年はザビエル生誕500年、また天正遣欧少年使節をローマに遣わしたアレッサンドロ・ヴァリニャーノの没後400年の節目の年でもある。出版メディアにおいて、ヨーロッパと「東の果の国、日本」との最初の出会いとなったのがキリシタン版の存在であった。表象するメディアと信仰について、かの時代に暫し思いを馳せてみよう。

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