『SFマガジン』1968年10号です。図書館では、スタッフ全員が選書を担当しています。合議制で決めていくのですが、検討の際に参考とする資料の一つに『ウィークリー出版情報』があります。その9月5週号に、星一『三十年後』を見つけました。発行は新潮社図書編集室、発売は新潮社。これを見て奇異に思った。新潮社は月刊PR誌『波』を出している。自社刊行物の記事などを載せていて、巻末ではその月の新刊を紹介し、編集室だよりのページには、最下段に翌月刊行予定の書名(と著者名)リストがあるのですが、8月号にも9月号にも『三十年後』のことは書いてありません。10月号にもない。
『ウィークリー出版情報』によれば、星一著、星新一要約・解説で158ページ。ホシヅル文庫という聞き慣れない文庫です。紹介文は以下のとおり。
「政治家を引退し無人島で30年過ごした後、大正37年の東京に戻った91歳の嶋浦太郎は…。星製薬・星薬科大学創立者、星一が出版した幻のSF小説を、長男の星新一が要約、孫の星マリナが監修し、1世紀を経て復刊」
復刊は、福島県いわき市(星一の出身地)の市立草野心平記念文学館で開催されている「星新一・星一展」(10/3~12/23)に合わせて企画された。当初は会場での限定販売の予定だったが、新潮社を通じて書店などでも販売中。限定3000部、と9月28日付産経新聞は報じています。簡単にいえば自費出版ですね。新潮社がことさらPRしなかった訳です。
『SFマガジン』の方は、大正7年(1918年)刊の原著の表紙を添えて収録しています。「時は大正三十七年―南海の孤島における隠遁生活から三十年ぶりに帰国した白髪白髯の老政事家は、見るもの聞くもの全てのあまりの変貌・発達ぶりに、ただただ驚異の目をみはった!」というもの。嶋浦は、たまたま孤島のそばを通りかかった潜水貨物船に説得されて帰国するのですが、その船の名前は亀齢丸、無人島に渡る前に亡くした妻の名前は乙子と、まるで浦島太郎のよう。
しかし、物語のあらましは9月15日付読売新聞が伝えているとおり、"大正37年に30年ぶりに帰国した政治家・嶋浦太郎が、製薬の発展によって変貌した社会を生きる未来小説"で、星一の筆はアイデア豊かに未来世界"大正37年"を展開し、「なによりも人をくっている」と新一がいう結末まで、読者を惹きつけて離しません。
読売新聞によれば、"嶋浦太郎のモデルは、長年親交を結んだ政治家・後藤新平"だそうですが、彼の名前は、新一が解説でふれている原著の序文にも出てきます。
「ある日、後藤新平が不意に京橋の店にあらわれ、店員に「ばかにつける薬はあるか」と質問した。店員はそれが後藤氏とは知らず、内心では気ちがいと思ったかもしれぬが「目下研究中です」と、ていねいに答えた。後藤氏は大いに感心し、各所で話題とした。それがヒントとなり、この作品ができあがった」
京橋の店というのは、もちろん星製薬株式会社。『三十年後』には、京橋に案内され、大層な人出を見て驚く嶋浦が、「あれは皆地方から出て来た人が話の種に会社の昔からの建築を見に来て居りますので」、「日本が三十年間に大進歩したと云ふ事に就て、あの会社が大関係を有して居りますので」、「文明の神髄は抑(そもそ)も彼の会社から出たので有りまして、今では彼処(あそこ)を聖跡扱ひにしてゐる者も有ります」などと説明を受ける場面が出てくる。このあたり、新一は、「…、この作品の特徴は、全編が薬品へのPRになっている点である。PR小説の創始者といえるかもしれない」と指摘しています。
なお、解説の、「自分の父親について、公正な評価を下せる人がいるだろうか。けなすわけにもいかず、ほめたたえるわけにもいかない。しかも私は不肖の息子意識がとくに強いのだ。だが、無理をして、いくつかほめてみる」と前置きして、「この当時、亡父は官僚と同業者の連合軍からの、ひどい圧迫を受けはじめていたはずなのだが、それを反映した憤慨も暗さも虚無感もない。あくまで楽天的に書かれている」と述べている部分には、新一の微妙な感情が込められていると思われる。
後藤新平に敵対する官僚とそれに癒着する業者によって、星一は窮地に追い込まれていきました。新一はその経緯を、伝記『人民は弱し官吏は強し』(新潮文庫など)に記しています。また、最相葉月『星新一 : 一〇〇一話をつくった人』(913.6/H922Xs)は、新社長となった新一が、債権者に追われながら、経営不振に陥った星製薬の整理に奔走する姿をありありと描き出している。『三十年後』の本体価格が1001円なのは、この数字から?(M)
おまけ:
この『SFマガジン』最終ページは読者の投稿欄ですが、ある読者が、"…、私が五年前大学の卒業論文のテーマに選んだ英国作家ウィリアム・ゴールディングをとりあげているので、黙っていられなくなりました"とゴールディング論を繰り広げています。名前は小野耕世。ICU卒の、あの評論家でしょうか。