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サービスからおもてなしへ (2007年7月5日)

加賀屋という旅館をご存知だろうか? 石川県七尾市和倉温泉にある「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で、26年間連続総合1位に輝く名旅館である。先日、この有名旅館の名前をさらに世に知らしめた『加賀屋の流儀』という本を読んだ。お客様と客室担当の感動のストーリーが展開する内容に、年のせいで最近涙もろくなっている筆者の涙腺はしばし開きっぱなしになって、ちょっと恥ずかしかった。

能登半島の付け根という大都市からのアクセスに恵まれているとは決して言えない場所にあるにも関わらず、246室の大規模旅館の客室平均稼働率が80%に達するといわれる。この宿の人気を支えているのは、お客様に「満足」を超えた「感動」を与える事のできるサービスである。この本を読みながら、大学図書館のサービスについて大いに考えさせられた。我々は日々来館する利用者(多くは所属する大学の学生さんたち)に本の貸出、レファレンス質問への回答、図書・文献取り寄せ、種々のサービスを提供している。それら末端のサービスを支えるべく本の発注・受入、カタログ・装備、データベース契約ほか多くの業務も行っている。これはどこの大学図書館でも行われていることだ。だが、大学図書館員はこれらを誰のために行っているかを念頭に業務に当たっているだろうか?

スターバックスコーヒーにはスターバックス・エクスペリエンスという言葉がある。お客様が店に入ってから出るまでの数十分の一連の体験、エクスペリエンスの質をどうやったら高めていけるのか、と現場のスタッフが常に問い続ける姿勢が、接客・店内レイアウトほかお客様が直接見える部分に自然に「流出する」事で、会社のブランド価値がおのずと高まっていくのである。大学の学生・図書館の利用者というマスではなく、ひとりひとり人格・個性・志向を持ったお客様として、図書館に入館してから出てゆくまで(またはネットでアクセスしている間)の限られた接触時間の中で、サービススタッフとして最善を尽くす。そんなサービス業としては当たり前の心がけを、大学図書館員は持っていたか。資料や情報やその探し方といういわば「製品の質」とその「提供の効率」に躍起になっているのと同じ熱意をもって、利用者個人の、図書館という建物、図書館スタッフという人間に対する親和性を高める努力を組織的に継続的に行ってきたか。

先日、T大学のI研究室から送られてきたアンケートの中に、大学図書館の使命・目標を問う項目があった。「あなたの図書館の使命・ミッションを明記したものはありますか?」実はない。大学ランキング図書館の部総合1位の国際基督教大学図書館においても、ミッションは明文化されていない。大学ランキングの指標には接客態度や館内家具・レイアウトなどは含まれていない。確かに大学図書館はレストランではないからミシュランのような評価基準は要らないのかもしれない。しかし、利用者をお客様として捕らえれば、何が顧客を満足させるかに評価の重点が置かれ、結果もまた違ったものになるだろう事は想像できる。

資料・情報のデジタル化や遠隔化で、図書館という建物が不要になるという。図書館員という人間も不要であるという。そしてそれは図書館自体が望んでいたことであるという。そういう主張を耳にした。情報の生産と消費、需要と供給という観点から大局的に見れば正論かもしれない。しかしそこには満足はあるかもしれないが感動はないだろう。求心力はあるが魅力はないだろう。喜びはあっても幸せはないだろう。そう思う。

サービスとおもてなしは同じだろうか? 外来語のサービスには「ついでにしてやっているオマケ」とかリップサービスのような「おべんちゃら」というネガティブな意味合いが入り込んでいないだろうか? おもてなしという言葉にはそのような意味はない。持成(もてなし)とは、もともと個人の持っている教養からにじみ出る振る舞いや人に対しての態度を意味する。言い換えれば、心の底に持っているものから表出する好ましい所作の事であろう。マニュアルどおりに挨拶・お辞儀をするのは礼儀であってもてなしではない。この人のお役に立ちたいという心だけが、もてなしを可能にするのである。サービスからおもてなしへ。大学図書館の内なる変革に挑戦してみたい。

細井勝/著 『加賀屋の流儀 極上のおもてなしとは』(PHP研究所 2006)[689/H94k]

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