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人生いろいろ辞典もいろいろ(古い雑誌から) 2015-11-06

『暮しの手帖』1971年早春号です。同誌の代名詞ともいうべき「商品テスト」は、官庁やメーカーなどに迎合しない屈しない、というスタイルが広く支持され、話題を集めて、長く連載されました。そんな商品テストの、この号のタイトルは「国語の辞書をテストする」。当時出ていたものから八冊を選んで、収録語、語義、配列などを比較しています。

まず、「ふだん、辞書をひいていて、ときどき、引こうとする言葉が見当たらないのに、失望することがある。だから、辞書は、なるたけ、たくさんの言葉が入っているほうがよい、とつい思ってしまう。しかし、よく考えてみると、言葉の数ばかり多くても、だから、よい辞書だとはいえないだろう。山高きがゆえに、とうとからず、である」と、"山、高きがゆえに…"を引き比べてみる。

意味が載っていたのは、旺文社・講談社・小学館・研究社の四冊でした。語義は似たりよったり、と片付けたうえで、この言葉には、下にもっと言葉が続くのだが、書いてあるのは、研究社のみだと指摘する。研究社の国語辞典って?と不思議に思われるかもしれませんが、これは『ローマ字で引く国語新辞典』(R/813.1/F75k)でしょうか。英語書名をKENKYUSHA’S NEW DICTIONARY OF THE JAPANESE LANGUAGEという、ローマ字の見出し語も日本語の語釈も横書きの、英和辞典ふうの2段組みの辞書で、昭和27年の刊行当時には思いきり斬新だったのでは。2010年に復刻版が出ている。

話が逸れましたが、テスト対象になったのは、上述した四冊(小学館とあるのは『新選国語辞典』)のほか、岩波、角川の国語辞典と、三省堂『明解国語辞典』、中教出版『例解国語辞典』の八冊です。テスト内容について、石山茂利夫『裏読み深読み国語辞書』(813.1/Is83u)から引用します。
「見出し語の検討は、読売、朝日、毎日の三紙の記事から社会生活をするうえで必要と思われる語を六十五選び、八種の辞書の掲載度を比較。さらに、衣食住の分野から選んだ百五十語について、有無を調べている。意味説明の調査は、これら計二百十五語について行うという徹底ぶりである」

意味説明の評価一覧が付いています。出版社名ごとに、評価◎・○・△・×・(記載)ナシの語数が示してある。
×:全然まちがい、誤りである
△:全然誤りとはいえないが、わかりにくい、的確ではない、ことばが足りない、こんな言い方は困る
○:まあけっこうでしょう
◎:たいへん的確で、よくわかります
◎5個が2社、4個が1社、3個が2社、2と1が各1社という中で、研究社は◎25個と断トツの高評価です。

記事はさらに、
「…何冊かの辞書を引きくらべてみると、やたらに、似たような文章にぶつかる。…同じ言葉の意味をあらわすのだから、おなじ文章になっても仕方がない、のかも知れないが、それなら、まちがい、誤りの文章までが、そっくりおなじというのは、どういうわけだろうか。…ある辞書をつくるときなにか、べつの辞書を参考にするのではないか。…ついでに文章まで、借りてくるのではないか。だから、もとの辞書がまちがっていたら、そのまま、新しい辞書も、まちがってしまうのではないか」
と推測し、親ガメこけたら皆こけると揶揄している。

佐々木健一が、「具体例として槍玉に挙げられていたのが、洋裁用語の【まつる】だった。「各辞書の説を一覧表にしたから、とくとごらんあれ」と示された【まつる】の語釈は言い訳のしようのないものだった」と、この項目の意味説明の一覧を『辞書になった男』(813.02/Sa75j)172ページに転載していますが、確かに、「多少言葉を入れ替えただけのそっくりな文章だった」というコメントそのままです。一覧は、上記の八冊から、この項目を載せていない研究社を除き、広辞苑と新潮、新国語を追加した十種。『暮しの手帖』はさらに、「合わせて十冊のうちでは、三省堂がいちばん古い。してみると、そのへんが親ガメということになろうか」と続けますが、石山は、『明解国語辞典』(注:1952年改訂版か)が調査対象となったことについては、より新しい『三省堂国語辞典』の方が適切だったのでは、と疑問を投げかけ、さらに、「普通、『明解』の後継辞書は『新明解国語辞典』といわれるが、『明解』の内容、性格を色濃く受け継いでいるのは、『三省堂国語辞典』の方である」とも書いています。"『三国』を清流とするならば『新明解』は激流ともいうべき"とは佐々木の言です。

『三国』の序文は、初版(1960年刊)は金田一京助が編者を代表して書いているが、第2版から第4版までは、編集主幹を務めた見坊豪紀(けんぼう・ひでとし)が担当した。"辞書=かがみ"すなわち、ことばを写す"鏡"であり、同時に、ことばを正す"鑑"である、と自らの信念を冒頭に掲げた第3版序文は、第7版まで掲載されています。第3版の【辞書】の用例は「―は出来ばえだけが問題だ」です。

一方、『新明解』は、「国語の辞書をテストする」の翌年に刊行されました。序文「新たなるものを目指して」を書いたのは主幹の山田忠雄。"先行書数冊を机上にひろげ、適宜に取捨選択して一書を成すは、いわゆるパッチワークの最たるもの、所詮、芋辞書の域を出ない"、"今後の国語辞書すべて、本書の創めた形式・体裁と思索の結果を盲目的に踏襲することを、断じて拒否する"と意気軒昂です。余勢を駆って、
【パッチ】―ワーク つぎはぎ細工。〈創意の無い辞書編集にたとえられる〉
【芋】―辞書 大学院の学生などに下請けさせ、先行書の切り貼りででっち上げた、ちゃちな辞書
【真〈似〉】「先行書の―はよせ」
を載せ、さらに【親〈龜〉】の項では、速口言葉の「―の背中に子ガメを乗せて(以下略します)」のあとに、〈右の成句にたとえを取って、国語辞書の安易な編集ぶりを痛烈に批判した某誌の記事から、他社の辞書生産の際、そのまま採られる先行辞書にもたとえられる。ただし、某誌の批評がことごとく当たっているかどうかは別問題〉と『暮しの手帖』に一矢を報いている(この4項目は第2版(R/813.1/Sh495/1974)から引用。ICU図書館には初版がありません。なお、第4版(R/813.1/Sh495/1989)【一気】には「従来の辞書ではどうしてもピッタリの訳語をみつけられなかった難解な語も、この辞典で―に解決」の用例も見えます)。

武藤康史『明解物語』(三省堂)は、『明解』・『三国』・『新明解』各辞典の関係者へのインタビューが大半を占めている。興味深かったのは、山田先生に口述筆記をさせたのは私ぐらいのもの、という倉持保男と、ヘソを曲げて、初版の担当者から名前を削ってくれと申し上げました、誤植がすごいんですよ、と打ち明ける三上幸子。見坊の家族も出てきますが、山田の長男、明雄(のち『新明解』の編集に参加する)には、インタビューを受けてもらえなかったそうです。>
 
見坊と山田の肉声は、薬師丸ひろ子がナビゲーターを務めたNHKドキュメンタリー「ケンボー先生と山田先生」で聞くことができます。見坊家に残された、陽の目を見なかった『明解国語辞典』三訂版用の原稿も登場しました。担当プロデューサーの佐々木健一は、この番組を基に、『辞書になった男』を著す(221ページに「明国三訂基礎原稿」と表書きした封筒の写真がみえます)。目次は、「光」と「影」、「天才」と「助手」、「水」と「油」、「人」と「人」、などと進み、締めくくりは、こ・と・ば、です。

佐々木は、番組に現れた『新明解』初版序文の文言「見坊に事故有り」、第四版【時点】の用例「一月九日の―では、その事実は判明していなかった」、そして、『三国』第二版の接続助詞(ば)の用例「山田といえ―、このごろあわないな」などの「言葉」が象徴する確執を、時を追って明らかにしていく。

『三国』第三版以降、編者に山田の名前はありません。『新明解』第四版には見坊の名前が見当たらず、【ごたごた】に、「そんなことで―して、結局、別れることになったんだと思います」という用例が新たに採用されている。井上ひさしが「非凡の人が非常の生活を行ってはじめて成るのが辞典」と「理想の辞書」(『本の枕草紙』(文藝春秋)所収)に書いていますが、『辞書になった男』は、はしがきに「字引は小説より奇なり」とあるとおり、東大国文科の同級生でありながら、表となり裏となり、お互いが独自に理想の辞書を追及した二人の人生を克明に綴ったノンフィクションです。(M)

おまけ:『新明解』初版の販売戦略
その1:まったくビックリしたのは、テレビCMがあったこと。
「♪明解カラフル、明解カラフル―女性コーラスが歌い、当時人気上昇中の瞳エミが「ハレンチって日本語なの」とつぶやきながら「新明国」(注:『新明解』のこと)をかかえてニッコリ笑う。やがて青バックに"辞書は三省堂"の黄文字が鮮やかに浮かんで♪サンセイドーでフェードアウト」(『明解物語』より。不鮮明な写真も載っている)
というもの。「ハレンチ」が時代を感じさせる、1972年のことです。

その2:表紙の色は、赤・白・青の3色展開でした。
「装丁を三色取り揃えることで、書店の国語辞典売り場で『新明解』を通常の三倍積んでもらえたんです。三種類も作ったのは、書店の平台を占拠するのが目的だったんです」(『辞書になった男』より)
赤が一番売れたという。三省堂さん、なかなか商魂たくましい。

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