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三本の「手」 2017-09-18

有栖川有栖『ミステリ国の人々』(902.83/A76)は、“推理小説の世界ならではというキャラクターを主役・脇役を問わずピックアップし、その人物を通して作品や作者についても紹介した”エッセイです。キャラクターは総勢52名。海外組はホームズにルパン、ポアロ&ミス・マープルなど。日本からは金田一耕助、鬼貫警部その他が登場しますが、明智小五郎の名前はありません。代わりに、チョッとひねって妻の明智文代さんが紹介されている。
この本、作者紹介は各1ページで、しかも上半分は、各作家または作品に因んだイラストがあしらってあります。明智探偵の生みの親江戸川乱歩のイラストは、両手を組んで左手の指だけ伸ばした絵に蜘蛛と指輪を描き込んだものですが、これを見て、犯罪小説や怪奇小説に出てくる三本の「手」を思い浮かべました。

52名のうちには、博士や判事、少佐の肩書を持つ人たちがいますが、「氏」の敬称が付いているのは、トマス・バーク作「オッターモール氏の手」の主人公だけです。これは江戸川乱歩が編んだ『世界短編傑作集』(創元推理文庫)第4巻に収録されています。乱歩は作品紹介で“謎において構成において、文字どおり珠玉の名編である”と述べて、エラリー・クイーンのコメント“No finer crime story has ever been written, period.”を引用する(クイーンも当然、『ミステリ国の人々』の一人)。有栖川も“計算し尽くされた容赦のない筆致が怖い”と評しています。
無差別の連続絞殺事件が起きますが、話の眼目は犯人探しではなく、犯人の内面を作者が、探偵役が、そして犯人自らが探求するところにあるように思います。オッターモール氏はTVシリーズ「ヒッチコック劇場」にも登場したそうですが、どう脚色されたのか気になるところであります。

二番手は「猿の手」(『怪奇小説精華』(b/908.3/H55s/v.2所収)です。編者の東雅夫が解説に“アンソロジー採録率において断然他を圧するジェイコブズの名品”と書いているとおり、夙に有名な短篇で原題は“The Monkey’s Paw”。英語学習者向けretold版“Gothic Short Stories”(837.7/R21-5)で読むことができる。また、“One-act Plays of To-day : Second Series”(E/932.08/Ma526o/ser.2)が1903年初演の戯曲版を収録しています。なお、『怪奇小説精華』所収の翻訳は“幻の第一章最終節が読める初出誌版を採った”そうです。
ジャンルによって三つのペンネームを使い分けた人気作家長谷川海太郎は、それを持っていると三つの願いが叶うというプロットを借りて、「悲願百両」(『一人三人全集』(河出書房新社)第1巻「釘抜藤吉捕物覚書」に収録)を書いています。林不忘名義のこの小品、場所を江戸に移し猿を竜に代えただけの原作ベッタリなので、わざわざ探してまで読む必要はないかと思われますが、但し、この本には水木しげるによるカラー挿絵が4枚あり、意外と貴重なのかも知れない。

三本目は日本人作家から、大泉黒石の「黄(ウォン)夫人の手」(『黄夫人の手 黒石怪奇物語集』(河出文庫)に収録)を。といっても、大泉の父親はロシア人です。俳優の大泉滉は黒石の三男といえば、あの日本人ばなれした容貌も納得できるかと思います。身についた窃盗癖が高じて黄夫人は死刑に処され、役人は夫人の右手首を斬り取って保存することに決める。“それは稀有の女盗でありまして、町一番と称せられた美しい手”でした。その“死んだ女の手がさまざまな怪奇事件を”起こす。舞台となる長崎新地街の描写が物語に風情を添えています。
ところで、昭和47年刊の『黒石怪奇物語集』(桃源社)には、巻末に代表著作書影集が付いていますが、『黄夫人の手』(大正13年 春秋社)の表紙には、窓のような四角い枠の、中央から左右に三角形に開かれたカーテンの間に、ほっそりとした手首がブレスレットと共に描かれている。それが、どう見ても左手なのでした。

実は、「オッターモール氏の手」の原題は“The Hands of Mr. Ottermole”と複数形です。このコラムのタイトル、正しくは四本の手でした。ついでなので、もう一本増やすことにします。「オッターモール氏の手」を読んでいてハムサンドが食べたくなったらお使いください。ハムサンド、きっと気になるはず。
(M)

おまけ:
有栖川は“Otterにはカワウソ、moleにはモグラの意あり、つなぐと意味不明なのさえ怖い”とも書いていますが、日本には二つに切ると別物になる面白い話があります。江戸時代の黄表紙本「親敵討腹皷(おやのかたきうてやはらつづみ)」(『日本古典文学全集』(918/N774)第46巻所収)は「かちかち山」の後日譚で、狸の子が親の仇を討つ話。その十一はこうです。
「兎、胆をぬかれ気もたへだへとなる所を狸引き出して、親の敵思ひ知れと胴切にしければ、上の方は黒き鳥と変じ、下の方は白き鳥となり飛び行きけり。うさぎを二つに切りて出来たる鳥なれば、黒きを鵜(う)と名づけ、白きを鷺(さぎ)と名づけしも、此時よりのことなりけり。…」
言葉遊びの名人井上ひさしが、これには感服したと何処かに書いていたのを読んだ記憶がありますが、そうとう入れ込んでいたようで、自身が選んだ『児童文学名作全集』(b/Fu/I2)の第1巻に収録した上、自作の戯曲『ムサシ』(『井上ひさし全芝居』(912.6/In27i)第7巻所収)では、劇中に新作能「孝行狸」として織り交ぜ、その結末を登場人物の一人に、
「カチカチ山に帰った子狸は、仇のウサギをスパッと二つに切った。すると、ウサギの上半分が鵜になって、下半分は鷺になって、空高く飛び去って行った。めでたしめでたし。…」
と語らせています。

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