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自分の本なら構いませんが 2017-12-05

評論家、兼コラムニストの青木雨彦は『課外授業 ミステリにおける男と女の研究』(早川書房)で日本推理作家協会賞を受賞していますが、これに先立つエッセイ集『夜間飛行 ミステリについての独断と偏見』(早川書房)に、買ってきたばかりのミステリのカバーに、こうイタズラ書きされた体験談を記しています。
「犯人の名は、このカバーの裏に書いてあります」
勤務中トイレに立ったほんのちょっとの間のことでした。

犯人は誰だろう、フロラ・アクロイドだろうか。いやいや、これを書いた奴のことだ。課長だろうか、などと青木は推理する。本のタイトルはこれで分かってしまいますが、さて、犯人は?
「恥ずかしいけれど、わたしは、我慢できなかった。こうなったら、もう、見栄も、外聞もない。あたりを窺い、そっとカバーを外し、裏をみちゃった」
そこには、何も書いてなかった。

書いてあったらどうなるか。戸板康二は演劇、特に歌舞伎の評論で一家を成したが、江戸川乱歩に口説かれて、歌舞伎界の生き字引ともいうべき老優中村雅楽(なかむら・がらく)をホームズ役に仕立てた推理小説に手を染める。歌舞伎に取材したものが多く、「團十郎殺人事件」他の短篇で直木賞、「グリーン車の子供」(『駅』(908.3/H99/v.37)に収録)で日本推理作家協会賞を受賞した。

そんな戸板の、雅楽シリーズではない作品に「はんにん」(『歌手の視力 戸板康二推理小説集』(桃源社)に収載)があります。新聞社に推理小説ファンから投稿があった。貸本屋で借りた本の登場人物一覧のページを見たら、ひとりの名前の下に“はんにん”と書いてあったという内容です。
「少くとも、社会秩序を乱す行為と思うのです。私はあえて一筆抗議します」
たまたま投書の主の近くに住んでいた記者が興味を抱き、この本を借りて読んでみる。指名されていた人物はホンの脇役で、犯人なんかじゃありませんでした。

では何の目的で。坂口安吾は「不連続殺人事件」(『坂口安吾全集』(913.6/Sa28s)第6巻所収)で探偵作家クラブ賞を受賞した。「明治開化 安吾捕物」(全集第10巻)では、紳士探偵結城新十郎が活躍します。勝海舟が毎回ヘボ推理を振り回しては失敗するのがお約束の捕物帖です。

安吾は単発の推理小説も書いていて、短篇「アンゴウ」もその一つ。『桜の森の満開の下:白痴:他十二篇』(b/913.6/Sa28sa)の一篇で、『坂口安吾全集』第6巻でも読めます。主人公の名前は矢島です。彼は古本屋で、かつては自分も持っていた本に出合う。「神尾蔵書」と印が押してあって、「魚紋書館」の用箋が挟まっている。神尾とは同社の編集部で一緒だった。趣味関心が共通するので本を貸し合ったりする仲だったが、奥さんを残して戦死した。矢島は生還したものの、妻タカ子は失明していて、子供たちは二人とも消息が知れない。亡くなったのだろう。

矢島はその本を買って帰ります。用箋には数字だけが並んでいる。
34 11 14
37 1 7
といった具合です。34ページ11行14番目、…、と文字を拾っていくと、
「いつもの処(ところ)にいます七月五日午後三時」
となった。文字はどうやら女手らしい。用箋は四つに折ってある。矢島はあれこれ考えた揚げ句、神尾とタカ子の仲を疑うに到ります。

機会があって、矢島は神尾夫人の疎開先を訪れ、その本を見せる。夫人は、これには見覚えがある、こちらへ持って来ている、と言う。床の間に積んだ蔵書の中に、それはあった。しかし神尾の蔵書印は押してない。訳が分からずページをめくっていた矢島は、所どころに引かれた朱線の部分を拾い読みするうちに、
「わかりました。こっちにあるのは、私自身の本ですよ。いったい、いつ、こんなふうに代ったのだろう」
真相は意外なところにありました。結末は、何度読んでも胸が熱くなります。
(M)

おまけ:英語で謎解き 雅楽シリーズの「二枚目の虫歯」は男前の役者が主人公。二十七歳で独身、口跡がよくて姿もいい。絵に描いたような二枚目だから、もてない訳がありません。本人も自覚している。ある時、アメリカ大使館員が夫人同伴で稽古を見学に来ました。役者は美貌の夫人に一目惚れしてしまう。英語を習いたいと近づき、初めのうちは劇場の支配人も通訳代わりに誘っていたけれど、やがて二人だけで飲みに行くようになります。

そんなある日、夫の方が一人で稽古場にやって来た。件の役者にハウアーユーと言って握手を求め、ニコニコしていたのだが、いきなり顔を真っ赤にして怒り出してしまった。役者の方は身に覚えがない訳でもないから平謝りに謝ったが、どうも釈然としない。で、雅楽に顛末を話します。稽古がヒマだったので、今度自分がやる主役に扮したスチールを見せて(片言の)英語で説明したら突然そうなったという。

謎を解いたのは雅楽ではなく、そばにいた支配人でした。話を聞いて笑い出し、役者はきっとこう言ったんだろう、それを夫がカン違いしたんだと指摘してみせた。雅楽はいたく感心したそうですが、役者は夫に何と言ったんでしょうね。

ヒント:役者が稽古していた演目は、芥川龍之介の「好色」(『地獄変・邪宗門・好色・藪の中:他七篇』(913.6/A39ji/2013))という短篇を翻案したものだった。

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