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百日紅(サルスベリ)(2016年7月23日)

◆ 梅雨明けのち盛夏。夏の街角の主役となるのは、朝顔、ひまわり、百合、夾竹桃、ムクゲやノウゼンカズラ。そしてそうです。サルスベリを忘れちゃイケません。夏の間中ピンクの花が咲いているから百日紅の漢字があてられたのだと思うんだど、照りつける太陽を受けながら青空を背景に房状の花がゆっくり揺れている。といった風景こそ正しいニッポンの夏、金鳥の夏のような気がしてならないんだよ。えっ、日本産じゃない? 東南アジア原産? 中国経由? ああ、そうなんだ。どうりで野山に生えた自生種を見た覚えがない。どれだけ記憶をたどっても、他所ん家の庭か街路樹の情景しか浮かんでこないもんね。

◆ で、百日紅といえばなんといってもあのツルツルの幹がトレードマーク。本当に猿が枝を掴みそこなって落っこちるのか否かは別として、何であんなにツルツルなの? とみなさんお思いでしょう。思ってない? いや、思っているはずです。思いましょうよ。最初にサルスベリを見たときはみんなそう思ったはずです。ククノッチも4歳くらいのとき初めて人の家の庭に咲いているのがサルスベリっていう木で、この木は皮がなくてツルツルなんだよと教わったとき、をそう思いました。「変なの」って。しかし爾来幾星霜「何でツルツルなのか?」という疑問はいつしか胸中を去り、「サルスベリ? ああツルツルだよね、だから何?」ってな具合にまあスレた大人になってしまったのです。このコラムを機会にここでハッキリさせておきたいと思い、いろいろと調べてみました。

◆ そもそも、ふつうの木はツルツルではなく厚い皮に覆われているけど、あれはどうやってできるの? ってところから考えてみましょう。図解なしで説明するのは至難の業だけどやってみる。樹木の幹が成長する仕組をごく簡略に説明します。樹木の幹を輪切りにしたところを想像してください。そうそう、バウムクーヘン(木のケーキ)みたいにね。そんで、木が太くなる仕組みを簡単に言うと、木の幹の内部、かなり樹皮に近い部分には形成層と呼ばれる部位があって、ぐるっと一周帯状になっておるわけですが、そこから新しい細胞が木の外側/内側の両方に向かって作り出される仕組みなんだね。で、これまた大雑把に言ってしまうと木の幹の中で「常に生きているのはこの形成層の部分だけ」なんです。作られた細胞は時間とともに死んじゃって空っぽの骨組みと化しちゃう。で、形成層がじゃんじゃん細胞を作って自ら大きくなっていくと当然幹も太くなっていきます。太くなるってことは幹の直径が大きくなるわけなんで、そうすると円周は2πrとなるからとにかく表面に近いところはビッシビシに伸ばされるということになりますわな。そんで当然、伸張に耐えられなくなりぱりぱりと裂けて、徐々に剥落していくことになります。

◆ じゃあ、みんな皮が向けちゃってサルスベリみたくツルツルにならないと可笑しいじゃん。あーやっぱりそう来ましたね。そうなんですよ。実はもう少し詳しく言うと、幹の中で生きているのはさっきの形成層だけではないんです。すみません、ウソつきました。ははは。ここにもう一つ、形成層より外側の表皮に近いところに「コルク形成層」という輪っかができるんですね。この人はね、外側に向かってコルク層、内側に向かってコルク皮層ていうものを生産し続けます。つまり樹木を保護するためのヨロイを作るんですね。そのヨロイの外見を我々は樹皮と呼んで、その特長から植物を同定したりできるってわけ。サルスベリやナツツバキ(シャラ)なんかはこのコルク形成層の働きが他の木に比べて「あまり活発ではない」だからツルツル、なのだろうと言われています。でもさあ、みんながサルスベリ見たくツルツルになっちゃったら、もう冬にはどれがどの木か見分けつかない。植物学もさぞかしつまらないものになったよね。さあみなさん、みんなでコルク形成層に感謝しましょう。

◆ とまあそういう仕組みでツルツルお肌が実現しちゃうわけですが、いったい「いかなる理由で」ツルツルになるのでしょうか。ツルツルでいる意味はあるのでしょうか? 頑丈なヨロイで樹木内部を外環境から保護した方がいいんじゃないでしょうか? 一説によると、どんどん樹皮を落としていくのは、幹にまとわりつくツル性植物や苔を払い落とす効果があるとか。確かにサルスベリの幹には何も巻きついていないね。写真は本部棟前のルース・ミラーガーデン(玉砂利の小経)にあるサルスベリです。今は日陰になって元気がイマイチですが、とても太くて立派な木です。お肌、ツルツルですねえ。そしてところどころにできるこのコブ。同じところから何度も枝が出た跡なんですが、なんだかヴォルデモート卿の顔みたいで怖いですね。もはや知る人も少なくなりましたが、本部棟ウラの道は野川近くの大沢集落から小金井までを貫く道の名残で三軒家道(サンゲンヤミチ)と呼ばれていました。サンゲンヤミチ周辺には、農家だけではなく戦前まで都会から移り住んできた中上流階級の住宅がいくつかありました。森山荘は日本橋の問屋だった森山氏が建てたもので、純和風の数寄屋造り。中島飛行機時代にマクリーン通りの南から今の本部棟近辺に移されたあと、ICUが土地を買収したあとに現在のスバルの敷地内に移築されました。今でも大切に保存され会合施設として現役です。その後、本部棟近辺には学長宅が作られました。このエリアに立派な庭石や庭木があるのはそういう歴史の証人です。

◆ 寺島良安『和漢三才図会』の「百日紅(ひやくじつかう)」の項によれば、案樹似柘榴木而無皮、葉似夏黄櫨而冬凋落。七月初至九月有花、浅紫紅色映山谷故名百日紅。随結子?簇不熟而凋、挿其枝良能活、とのことです。マイ素人読み下しをさせて頂くと「考えるところ、この樹はザクロに似て皮は無い。葉はナツハゼに似て冬は落ちる。7月から9月にかけて紫がかったピンクの花が咲き、野に映えるので百日紅と呼ばれる。実は集まってつき、熟す前に萎んでしまう。挿し木してもよく育つ」ですかね。うん、たしかにこれは現在のサルスベリの特徴が捉えられている。気になるのは山谷に映えるというところと、実が熟す前に萎むという点。山には生えてないと思うんだよねえ。あと熟さず萎んじゃう実についてはククノッチも意識して見た事がないのでこの秋に確認が必要だな。と、ここまでは良かったんだけど、百日紅の次の項目を見てビックリ。「猿滑(さるすべり)」。ええー!? 百日紅と猿滑が別の木扱いになってるよ。こちらの解説は以下の通り「案樹葉同百日紅而葉略厚。四時不凋、未見花實。其樹無皮甚滑而猿猴亦不得登故呼名猿滑與」。えーと、「考えるところ、百日紅と同じ葉で多少厚め。常緑で花や実は無い(目立たない?)。樹皮は無くとても滑らかで猿も登れないとも言われるのでこの名がある」。そしてこのあとが肝心の部分。「百日紅一類二種也(百日紅冬葉凋有花)(猿滑四時不凋無花)二本同稠堅酒家用為搾木」。つまり、「百日紅には2種類あって、1つは「百日紅」で花が咲く落葉樹、もう一種類は「猿滑」で花が咲かない(目立たない?)常緑樹。どちらも粘りのある堅い材木となるので酒造において酒を搾るための搾木(しめぎ)として使われる」とある。えー、ほんとうかなー? 花の咲かない常緑のサルスベリは果たして本当にあるのでしょうか? それに伝統的酒造の作業工程である酒槽(さかぶね)で使われる搾木(しめぎ)って相当大きい。2~3メートルはある巨大な部品で、モノノホンではケヤキ材と書いてあった。そんな大木、サルスベリにはそうそうないんじゃないかなあ。これまたナゾです。

◆ と、ここで最新のニュースが入ってきました。朝日新聞2010年5月25日によると(全然最新ぢやない!)、京都府宇治市にある国宝平等院鳳凰堂前の池の堆積物から平安中期、940年ごろのサルスベリの花粉が見つかったとのことです。この調査結果によりサルスベリの渡来時期は江戸初期から一気に600年以上早まる可能性が出てきました。藤原道長らも池のほとりに咲くサルスベリをメデテいたのでしょうか。歌にでも詠んでくれればもっと早く分かったのにね。しかし、このくらい昔からあったとすれば野性化したものが山に自生している地域もあるかなあ。寺島良安の「浅紫紅色映山谷故名百日紅」もマチガイとはいえないかも…

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