米を米屋、肉を肉屋、魚を魚屋、野菜を八百屋、豆腐を豆腐屋、電球を電器屋で買う人は、今時どのくらいいるのだろうか? 個人商店の集まりであるいわゆる商店街が郊外型の大規模チェーン店の台頭で衰退しているところが多いという。地方都市ではかなり深刻な問題で、駅前の中心街であるにも関わらず昼間でもシャッターを下ろした店が多いとの事。車を使う生活が定着し、多くの客が隣の県の大型店舗まで買い物に行く現象も見られるらしい。一昨年の夏、編者が30年ぶりに自分の生まれた町を訪問した際も、あまりの寂れ具合に驚かされた。つぶれた店がそのままの状態で放置されている。汚れたショーウィンドウから店内を覗くとホコリまみれの壊れたブラインドが垂れ下がっていた。おそらくこれらの店舗を借りて商売をしても採算が見込めないので買い手がつかないのだろう。
このところ通勤途中、西武多摩湖線の一橋学園駅前を通る。決して大きな町ではないのだが、駅前に肉屋、八百屋、洋品店、酒屋、書店、眼鏡屋ほか多くの個人商店が並ぶ風景からは、地元に根ざした生活や華やぎといったものが感じられて、どこかホッとさせる。この地区には今でもローカルな「ショッピングコミュニティ」が息づいているようだ。
1923(大正12)年の関東大震災で壊滅的に被害した東京商科大学(現在の一橋大学)が国立へ移転を決意したのが震災3年後の1926(昭和元)年。石神井にあった同大学の予科が小平に移ってきたのは、震災後10年を経た1933(昭和8)年の秋だった。9月11日、新装成った小平校舎で初の始業式が行われたのと同じ日、多摩湖鉄道「商大予科前駅」が竣成・開業している。小平がまだ村だった時代。予科が出来るまでほとんど乗客のなかった路線は、ラッシュアワーに100人乗りの列車が2台増発される程で、乗降者数は飛躍的に伸びたようだ。当時大規模な郊外開発を手がけていた現在の西武グループの祖、堤康次郎氏により設立された箱根土地株式会社により国立に国立学園町、小平には小平学園が整備された。昭和初期の地図を見ると一面の桑畑の中でそこだけがまるで平安京のように碁盤の目になっており、異彩を放っている。しかし整備されたのは土地と道路だけで、町としての発展を見るにはかなり時代を下らねばならない。昭和14年の地図でもこれらの地区にはほとんど一般家屋らしきものは見当たらない。終戦後、昭和27年の地図でも、国立学園町の方にはそれなりの繁栄は見られるものの、一橋大学駅(後に小平学園駅と統合し一橋学園駅)前には駅舎以外に2、3軒の店舗と思わしき小さな建築物があるだけだ。
駅近くで自転車店を経営するB氏の話がこれを裏付けている。B氏によれば、一橋学園南口が商店街らしき様相を呈してきたのは東京オリンピックも終わった昭和40年代以降らしい。大学移転設置から30年以上も経って後だ。「この町は個人商店が元気ですね」と話をふると、今でも町内会の盆踊りが催されているほど地域の繋がりが濃いという返事が返ってきた。しかし、線路東側北口のはずれにある商店街はシャッター通りになりつつあるとも教えてくれた。北口の住民は大手スーパーほか店舗の多い小平駅方面に買出しに出る人が多いという事だった。しかし南口にもちょっと離れてはいるが国分寺という強力な対抗馬がいるのでそれが主たる原因とも断定できない。憶測の域を出ないが、北東側には箱根土地の土地整備より後にできた街道沿いの新興住宅街が多い事が原因の一つかもしれない。1960年以降のモータリゼーションで一般家庭に乗用車が普及し始めて後計画された区画の住民は郊外型店舗での消費活動が顕著なのではないか。
今国会で政府は、1990年以降進めてきた大型店舗の郊外への出店規制緩和を見直し、規制を復活させる方針を決めたそうだ。「まちづくり三法」(都市計画法・大規模小売店舗立地法・中心市街地活性化法)を改正して市街地中心部の活性化を図る。これにより大型店舗の市街地への出店が促がされる事が期待されている。だが、集客力のある大型店舗が地元商店街を活性化させるカンフル剤となるのかは疑問だ。却って集客減につながる可能性もある。実際に商店街に取材に行った経験から言わせてもらうなら、お上の政策云々よりも、まずは個々の商店主・商店街の自助努力こそ必要不可欠であると感じた。品揃えと陳列・店舗内外装・接客。これらがしっかりしている店は、必ず購買意欲にうったえかける。前述の自転車店の前に取材した駅前の洋品店では店主の対応がすこぶる冷たく、半ば追い出されるようにして店を出た。いくら客ではないとはいえ訪問者にこんな態度が取れるのも個人商店ならではの特権(?)だ。多くの店員が歯車として働き、マニュアル化されたサービスを行う大店舗では考えにくい。個人商店は人情も厚いがアクも強い。巨大店舗の没個性だがムラのない均一なサービスの方が、個人主義の浸透した現代に好まれるのも不思議ではない。
筒井頼子作 林明子画「はじめてのおつかい」なる名作絵本がある。小さな女の子が近所の雑貨屋まで牛乳を買うため初めてのお使いに出るというもの。この話に出てくる町は「地元商店」時代のもの。コンビニ・スーパー・100円ショップ・ホームセンター・ファミレス・ビデオDVD書店は見当たらない。このまま個人商店・商店街が衰退すれば、このような可愛いお使いは早晩なくなるかもしれない。そう考えるとちょっと寂しい。