『異形の白昼 現代恐怖小説集』(立風書房)です。小松左京の「くだんのはは」ほか全13編を収録。編者の筒井康隆は、解説・編輯後記で選定方針を次のように記している。
一、一作家一作品とすること。
二、現在第一線で活躍中の作家の作品であること。
三、出来得る限り、他のアンソロジイに収録されていない作品を選ぶこと。
四、第三項と抵触しない限り、現代恐怖小説の傑作とされている作品はすべて収録すること。
五、恐怖小説の、現代における第一人者とされている作家の作品は、すべて各一篇ずつ収録すること。
六、怖いこと。
七、小説としての完成度が高いこと。
八、現代を感じさせるもの。
そのうえで、曽野綾子「長い暗い冬」は再録だが、現代恐怖小説の最高傑作であり、省くわけにはいかなかった、星新一の「おーい、でてこーい」(JP/913.6/H922o)は傑作中の傑作だが、すでに幾つかのアンソロジイに収録されており、有名すぎるので、残念だが入れなかった、と断っています。
この『異形の白昼』は、東雅夫『日本幻想文学事典』(ちくま文庫)において、「現代日本作家を対象に、恐怖小説という観点を明確に打ち出して編まれたアンソロジーは本書をもって嚆矢とする。その先駆的意義も大きいが、何より刊行から半世紀近くを経て、いささかも古びた印象を与えないところが名著の証しだろう」と高い評価を受けている。のちに集英社と筑摩書房が文庫化したことからも、選択眼の確かさは明らかでしょう。
そこへ、"ぼくの拙劣な作品をひとつだけ、どさくさまぎれに収録したいという欲望には勝てなかった"と謙遜して載せたのが「母子像」(913.6/Ts93/v.8)です。古典的な幽霊屋敷小説に斬新なアプローチを示した怪奇小説の代表作、とされ、『ミステリー傑作選 5』(講談社文庫)、『幻想小説名作選』(集英社文庫)、『怪談-24の恐怖』(講談社)などに入っています。
SFの枠を超えた実験小説にも手を染めるようになりますが、なかでも、『残像に口紅を』は、学術研究の対象になったことで興味深い作品です。章が進むごとに文字がひとつずつ消えてゆき、その文字を含む言葉が使えなくなる設定のこの長編は、「ここまでお読みになって読む気を失われたかたは、この封を切らずに、中央公論社までお手持ちください。この書籍の代金をお返しいたします。(書店ではご返金の扱いはいたしません)」と、章26以下奥付の前までを袋とじして発売されました。
章1では「あ」が消えます。そのあと何がどんな順番で消えるかは、袋とじを切って結末を覗いた水谷静夫(東京女子大学名誉教授)が、授業で紹介したことが機縁となって泉麻子と行なった調査報告「筒井康隆:『残像に口紅を』の音分布」(『計量国語学』(P/801.015/Ke26)第17巻第8号)の表3に出ています。
また、消していく順をどのように決めたか、調査報告の補遺(同誌第18巻第2号)は、作者本人の発言を引用しながら、図表を用いて考察している。
この調査報告は、中公文庫版『残像に口紅を』巻末に転載されています。
星新一が道を切りひらき、小松左京が地ならししたところへ、口笛を吹きながらスポーツカーでやって来たと称された筒井が、小学生時にIQ178(諸説あります)と判明し、そのころ大阪市が設置していた特別教室に入れられたのは有名な話ですが、『欠陥大百科』(河出書房新社)の「日記」の項に、その後日談があります。20年ぶりの同窓会「炎の会」に出席してみると、今や皆30代で、「三十すぎればただの人」だった。
付録:筒井康隆ディスコグラフィー
『家/筒井康隆・山下洋輔』
A面は「海」、「月」、B面は「嵐」、「家」の全4部。レコードの解説5ページを占める短篇「家」(913.6/Ts93/v.10)にはこの章立てはない。原作のごく一部分を本人が朗読。あとは音楽、効果音など。タレントのタモリが参加しています。
四方を海に囲まれた巨大な家。最上階には長老「下田老人」が住んでいる(らしい)。そのすぐ下の階には6家族が住んでいる(らしい)。この6家族を除いて、すべての住人は、自分たちが住んでいる階の上の階にあがることを禁じられている。「家」が全部で何階あるのかは判らない。多くの家族が住んでいて、同じ階に住む家族同士は、襖で仕切られている。
松浦寿輝は朝日新聞の文芸時評(2013年9月25日)で、「筒井康隆には傑作「遠い座敷」(注:これも名作です。全集第23巻所収)をはじめ、大小の部屋が複雑な迷路のようにつながり合った妖異な家のイメージを中心に据えた一連の作品がある」と書いていますが、「家」もその一つです。
『筒井康隆文明』
A面は旧約聖書のパロディー「バブリング創世記」(913.6/Ts93/v.17)で、原作と同じく全5章。「ドンドンはドンドコの父なり。ドンドンの子ドンドコ、ドンドコドンを生み、ドンドコドン、ドコドンドンとドンタカタを生む」以下の諸神を書き出した大きな紙を見ながら演奏したというドラムソロに、朗読(これは筒井ではない)が重なる。あの、ほとんどカタカナの作品を眼で読むのは辛いから、耳で味わうのは心地よいのだが、山下洋輔トリオのフリージャズや、特別参加の(本物の)ピンクレディーの「ユーッフォ!」ひと声だけなど、脱線します。
脱線はしないが怪しい、「熊の木本線」(913.6/Ts93/v.16)に出てくる、本当の歌詞を歌うと、この国に恐ろしい災いがふりかかるという「熊の木節」の部分は白眉。新宿某所で録音したとき、筒井に、「さあ、誰か歌うものはいないか。レコードに自分の声が残るんだぞ。これはもう、一生の――恥だ」といわれて5人が我勝ちに歌い、最後の歌い手が禁断の歌詞を歌ってしまいました。どーなることやら。なお、「熊の木節」のバックに入る手拍子のアレンジが見事です。ケチャのそれのよう、とまで褒めるつもりはないけれど。
B面は「寝る方法」の朗読。作者本人による語りおろしで、観客(?)の笑いが入っている。活字になったのはこのあと(913.6/Ts93/v.23)で、本文にわずかに相違があります。
『THE INNER SPACE OF YASUTAKA TSUTSUI』
『筒井康隆全集』の購入特典。のち市販された。
筒井は、自分が作曲した「活動写真」「ジャズ大名」(原作は楽譜入り)とジャズスタンダード3曲でクラリネット演奏を披露し、過去の出来事が遠近感を失ってごちゃ混ぜになった短篇「昔はよかったなぁ」(913.6/Ts93/v.23)を、余裕たっぷりに朗読する。
この朗読を除く全演奏と映画『ジャズ大名』(監督は岡本喜八)のサウンドトラックをカップリングした『ジャズ大名 サウンド図鑑』も発売されたようです。
警句:
CLARIONET【クラリネット】名 耳に綿をつめて操作する拷問道具。これよりひどい拷問道具は二つしかない。二本のクラリネットだ。
PHONOGRAPH【蓄音機】名 死んだ雑音を蘇生させる、苛立たしい玩具(おもちゃ)。
NONSENSE【ナンセンス】名 この卓越した辞典に対して言い立てられる異論。
(ビアス原著『筒井版悪魔の辞典〈完全補注〉』(講談社)より。この辞典、PIANO【ピアノ】の項のみ山下洋輔訳)