『エラリィ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』1956年11月号です。その11に続いての紹介ですみません。今回は、翻訳小説つながりで、ロアルド・ダールの「味」。『ごちそう帳』(908/C442/1994/v.11)で読むことができる。
著者紹介によれば、「短篇の名手で、何気ないストーリィが一転して残酷な笑いをもった意外な結末にいたる。江戸川乱歩によれば、「奇妙な味」の作品を数多くのこした。代表作は短篇集「あなたに似た人」「キス・キス」など」
田村隆一訳『あなたに似た人』(ハヤカワポケットミステリ)には、いずれも名作の「味」「おとなしい凶器」「南から来た男」が、この順番で並んでいますが、すでにご存じのかたも多いでしょう。850ページの大冊"Collected Stories"(E/933/D13co)では他の作品も楽しめます。
「味」には、クイーンが作品解説を付けています。「ロアルド・ダールは輝かしい未来を―おそらくは、この専門分野のほかの作家の誰よりも、輝かしい未来を―持った作家である。このダール氏の本誌(注:1954年11月号アメリカ版)への初登場作品が、傑作であり完全な芸術品であることは疑いもない」。激賞です。
訳者の田村隆一は、クリスティーの作品に因んだタイトルのエッセイ集『書斎の死体』(河出書房新社)に、「会話の味―ロアルド・ダール」(『田村隆一全集』(911.56/Ta82t)第4巻所収)を載せていますが、"ちょっと、声を出して読んでみようか。訳は田村隆一さんで、すごい名訳だよ"なんて書いてしまう。
「おとなしい凶器」は、同マガジン創刊第2号に掲載されましたが、創刊号に出ている予告タイトルは、ネタバレ気味の別のものでした。
渡辺剣次は、『ミステリイ・カクテル』(講談社文庫)の凶器名鑑の項で、「「凶器トリック」のリストで、落とすことができない作品にロアルド・ダールの「おとなしい凶器」(一九五三)がある。この作品は、トリックだけぬき出して説明するには、あまりにも美事な小説なので、内容にはふれないことにする。着想もいいが、小説としての出来栄えが抜群である」とコメントし、自身が編んだアンソロジー、『13の凶器』(講談社)のうちの一篇に、松本清張「凶器」を選んで、「ダールの短篇などに感心し、あの味を日本的なものに移せないかと考えた」という、松本の創作の動機を引用しています。
「南から来た男」は、洋販ラダーシリーズ"Roald Dahl’s Short Stories"(837.7/Y73-2)のうちの1篇で、原題は "Man from the South"。
「もう六時近くなつたので、ビールでも買つて、おもてへ出て、プールぎわのデッキチェアに腰をおろしながら、夕陽をサカナにひとつ飲んでやろうかと、私は思つた。…」
と始まるのですが、『田村隆一全集』第4巻収録の「推理小説の12ヵ月」は、
「ちなみに「南」は、ラテン・アメリカの意。ぼくの名訳(迷訳)ぶりを、あなたも真夏のホテルのプールサイドで、ビールを飲みながら、味わってくださらないか……?」
と、物語の冒頭を借りて紹介している。
この作品、金原瑞人訳を、岩波少年文庫で読むことができます。タイトルは、『南から来た男 ホラー短編集2』です。TVシリーズ「ヒッチコック劇場」でも脚本に採用されたが、邦題は『小指切断ゲーム』と、ミもフタもないし、衝撃の結末シーンもちゃちな感じだった。ヒッチコック組の二人の女優(『鳥』のティッピ・ヘドレンと『めまい』のキム・ノヴァク)がゲスト出演しているのが見どころ。
脚本といえば、ダールは映画脚本も手掛けました。『007は二度死ぬ』は、原作イアン・フレミング、製作はアルバート・ブロッコリほか。
「電話がかかってきて、男がブロッコリと名乗った。野菜と同じ名前なんて、冗談言ってるのかと思ったよ」とはダールの回想です。(エアフォース・ワンの機内食にブロッコリを出すことを止めさせた broccoli-hater パパ・ブッシュだったら、どうしたでしょうね?)
『エラリィ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』1966年12月号に、常盤新平の「ダールとの一夜」という記事が載っています。写真も豊富で、最終ページのサイン色紙には7th SEPT. 1966の日付がある。
こんなやり取りがあります。
"「あなたは世界で一番高い原稿料をもらっているはずだが」
「そうかもしれない」
答えはかんたんで、しかもダール氏はそれをつまらなそうに言ってのけた"
同誌1965年5月臨時増刊号は1冊まるごと「007号特集」で、こちらは、イアン・フレミングの日本滞在記を紹介している。
"やりたいことは、まず第一に、ちょうど日本に到着したばかりで、まるで凱旋将軍のような歓迎攻めにあっているサマセット・モーム氏に会うこと、(中略)われわれはたまたま以前からの知合いである。モーム氏とわたしの間の友情は、彼がわたしの妻になった女とかつて結婚したがっていたという事実によるところが大きい。だからモーム氏は、妻の噂を聞くだけでも、わたしに会うことをいつも喜んでくれるのだ"
講道館で二人並んで、稽古を見学している写真が掲載されている。モームは右腕をまっすぐ伸ばして指さし、何か言っています。
フレミング原作の映画『チキチキ・バンバン』もダールの脚本(製作はブロッコリ)だが、子ども向け映画では、『チャーリーとチョコレート工場』の原作者としての方が有名だろう。この作品も田村訳で『チョコレート工場の秘密』(E/933/D13cJ)が1972年に出ているが、同時期に、巻末に注を付けた"Charlie and the Chocolate Factory"(篠崎書林)を買ったことを覚えています。ペーパー・バックで、薄いビニールカバーがかかっていた。"James and the Giant Peach"や "The Magic Finger"もありました。
ダールの童話は、自分の子供たちに話してやって、もう一度聞きたがったら成功間違いなしと判断して執筆したものだそうです。
「ダールとの一夜」からもう一つ。
"「きみのところ(注:早川書房)では、児童物を出版していないのか?」
「かつて、エラリイ・クイーンのジュニアものを出したことがある」
「なに、エラリイ・クイーン!」
ダールは苦笑に似た笑いをプッと洩らした。いや、失笑だったかもしれない。明らかにクイーンなんかといっしょにしてもらっちゃ困る、という笑いかただった"
余談:
この1956年11月号70ページに、12月号予告が出ています。"A・クリスティー特集"として、4つのタイトルと訳者名が挙がっている。101ページでは、下段のほとんど全部を使って、"クリスマス・プレゼント アガサ・クリスティーの傑作四篇、次号に一挙掲載"と大きく書いて、"…ご期待ください!"と念押しです。
もちろん12月号には、「アガサ・クリスティー特集」の扉付きで掲載されていますが、同誌の20周年記念増大号(1976年8月号)で,田村隆一と都筑道夫が対談していて、
都筑:…勝手にやったといえば、アガサ・クリスティーの特集をやって、アメリカの本社から怒られたことがありましたよ。
田村:三十一年の十二月号だね。クリスティーの短篇を四篇、村上啓太さん、妹尾韶夫さん、中田耕治君、福島正実君が訳している。…
都筑:…この四本、EQMMが海外版の権利も、いちおうクリスティーから貰っている作品ではあったんですよ。でも、それをいちどに使われちゃあ、困るんですね、向うとしちゃあ。こっちはそんなこと知らないから、特集をやっちゃった。そしたら、大目玉。