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6月16日はブルームズデイ。ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』(933/J85uJm)の主人公レオポルド・ブルームは1904年のこの日、朝から深夜過ぎまでダブリンの街をさまよいます。訳者の一人である丸谷才一がジョイスについて書いた評論集のタイトル『6月16日の花火』(岩波書店)はもちろん、『ユリシーズ』の第13挿話「ナウシカア」に因る。午後8時過ぎ、ブルームは海岸にいて遠くに花火を見るのです。
6月の夜といえば、ジャズファンにお馴染みなのは「ジューン・ナイト」でしょう。この曲を収録した『ケリー・ザ・グレイト』のライナーが“Philly Joe’s introduction with brushes is very effective, Lee Morgan introduces his muted solo with a unique staccato half-valve break”というとおり、ドラムソロで始まりトランペットが入ってくるのですが、実はその前にちょっと、ピアノのウィントン・ケリーが音を出す。ベースも絡んできます。あとはサックスも加わって極上のプレイが繰り広げられる。夜通し聴いていたいものです。
とは言え、朝は必ずやって来る。赤毛のアン物語の作者モンゴメリが『アンの夢の家』(新潮文庫)に“The June night was short”と書いています。但し、こう続く。「しかし、待ち、見守っている人々にとっては無限に長く思われた」(村岡花子訳)。人々が待ち見守っていたアンの第一子はジョイスと名付けられるはずでした。
もう一つの夢の家を、小林信彦が『ドリームハウス』(『新潮』(P/910.5/Sh61)1992年5月号掲載)に描いています。主人公の“ぼく”は作家で、20年ほど遅れて生まれてきた(35歳を自称する)ガールフレンドがいる。よその家の間を抜けて何十メートルか降りる、谷間に向かって突き出した孤島みたいな土地(東京です)に住んでいた母親が亡くなって、“ぼく”は家を建てることにする。建築事務所の青年を交えて打合せが行なわれます。
“「リヴィングには出窓が欲しいわ」彼女は相手の言葉をきいていなかった。「白い出窓に紫のシクラメンの鉢を置きたい」「ディテイルから出発するなよ」とぼくは制した。「こちらは、小説でいえば、全体の構想を練っておられるところだ。突然、登場人物の一人の服装の話を持ち出されても、混乱するだけだ」「いえ、大丈夫です」青年は遠慮がちに笑った。「ご婦人は、だいたい、出窓から話を始めます。鉢植えはたいていシクラメンで、花の色がちがうだけです」”
念願のドリームハウスは6月末に引き渡されました。シクラメンの季節にはほど遠い。引っ越しの日の午後、雨が降りはじめる。翌日も止みません。家具や什器の搬入が続くうち土曜日の晩を迎えます。
ヴィクトル・ユゴーは「六月の夜」と題する詩を書きました(『ヴィクトル・ユゴー文学館(953/H982J/2000)』第1巻所収)。そこでは“星影はひときわ清らかに、夜の闇はひときわ美しく”、きっと月も冴えていたに違いないが、“ぼく”はペーパームーンさえ拝むことができませんでした。日曜の朝の“ぼく”の心境を季節の花に例えれば、「紫陽花や きのふの誠 けふの嘘」(『子規俳句集』(911.36/Ma63)より)といったところか。
映画『ペーパームーン』の挿入歌だった“It’s Only A Paper Moon”をご存じのかたも多いかと思いますが、新潮文庫『ジャズ・スタンダード100 名曲で読むアメリカ』によれば、この曲は“…33年のパラマウント映画『テイク・ア・チャンス』に使われた時に改題、ジューン・ナイトとバディ・ロジャースによって歌われ、大いに注目された”。June Knightはアメリカの女優。亡くなったのは1987年の6月16日でした。
(M)