? コラム M氏の深い世界 20180330:国際基督教大学図書館 ヘッダーをスキップ

♪いろんなウタが、聞こえてくるよ 2018-03-30

「コレクション日本歌人選」(笠間書院)19は、戦後の前衛短歌を代表する歌人『塚本邦雄』です。収められた全50首のほとんどは、塚本がこだわった正字正仮名の文語体で詠まれていますが、珍しく、口語体による作品も紹介されている。
「前衛短歌の全盛期には文語一色だったが、晩年になると再び口語調が出現する。それが、「サラダ短歌」や「ニューウェーブ短歌」の土壌となり、最近の「ケータイ短歌」の源流にもなった」と解説がいうのは、

モネの僞「睡蓮」のうしろがぼくんちの後架ですそこをのいてください

口語体の塚本に意表を突かれましたが、もっとビックリしたのは「後架」。これ、トイレのことです。その場に立ち塞がっている目上の人を恨めしく思う「ぼく」の気持ちが伝わってくるようですが、こんなシチュエーション、落語にもありましたね。

ある大店(おおだな)の旦那がいる。長屋の家主も兼ねています。これが義太夫にハマッていて、何かというと客を招いて披露したがる。声は悪い・語りはヘタと、みんな先刻承知です。しかし本人はそうではない。今日も酒と料理を用意して、長屋の住人を招こうとしますが、全員もっともらしい理由を盾に断った。ならばと奉公人たちに声をかけるも、皆が皆、仮病を使って逃げようとする。奥さんは実家へ帰ってしまいました。
しかし、長屋の者には出て行ってもらう、奉公人にはヒマを出すと云われては堪らない。一同しぶしぶ集まって来た。こうなれば独壇場、旦那は存分にノドを振るいますが、気がつくと客席はやけに静か。酒と料理の力を借りてさっさと寝てしまおう作戦が奏功したのでした。ただ、小僧が一人だけ泣いている。お前だけは私の芸を判ってくれたか、どこが悲しかった?あすこかそれともあすこか?との問いに、小僧は旦那の座っていた床を指して言う。
「あすこが、あたしの寝床でございます」

お馴染みの「寝床」です。古今亭志ん生版では、番頭は聞くのを嫌がって逃げ回ったあげく土蔵に立てこもる。「すると、旦那は、土蔵の戸の隙間から義太夫を語り込む(この4文字に傍点)のである。義太夫が土蔵の中で、グワーッと渦を巻いちゃった……」(小林信彦『笑う男 道化の現代史』(晶文社)より)というから凄まじい。

小松左京がこの演目を下敷きに「辺境の寝床」というショートショートを書いています(『小松左京ショートショート全集』(勁文社)所収)。銀河系のはずれを旅行していた一団が、付近の星の宇宙船に襲われる。連行されてみると意外にも歓待を受けるが、24時間後には、大ホールの椅子に肩と腰を縛り付けられてしまう。見回すと、様々な星からの“捕虜”で一杯です。やがて台が迫り上がり、長い儀式があって、いったん引っ込むと、今度は首長ではないかと思われる人物が、金ピカの衣装をつけて登場する。大僧正か帝王のようです。そして朗々と歌い出す。
「この朗唱は途方もなく長く続いた。堂々たる人物は、次第に身をいれ、大げさな身ぶりをそえ、ついには台上を七転八倒して見せるのだが、その長さに、さすがに一同はまいりかけた。しかし、頭をたれると電撃をくい、また間欠的に、ホール全体をおそう電流に、一せいにものすごい叫びをあげさせられた」
朗唱はまる26時間続いてやっと終わります。死んだようになった一同は優しくいたわられ、豪華な食事と十分の休息ののち、数々の珍しい土産物を山と積んだ宇宙船で、もとの航路に送り出された。

目的地に着いた一行は、旅行エージェントの担当者に「あれに捕まったのか、バカだなぁ」と大笑いされるのですが、あの星を出てからの間、宇宙船の窓から星屑が見えたとしても、一行の中にジャズのスタンダード・ナンバー「スターダスト」を口ずさむ余裕がある者はいなかったと思います。“アメリカのポピュラー・ソングはそれこそ星の数ほどあるが、最も有名な曲といえば、〈セントルイス・ブルース〉とこの曲が双璧だろう”(山口弘滋『ジャズ・ヴォーカル名曲名盤161』(音楽之友社)より)と評される佳曲で、ナット・キング・コールの名唱で知られていますが、ヴィブラフォン・プレイヤーのライオネル・ハンプトンによるライブ・アルバム『スターダスト』も名盤とされている。
この録音に参加しているベーシストはスラム・スチュアートといいますが、彼は、自分の演奏に合わせてオクターブ上の声でハモるスタイルで人気があった。アルバム中の「ザ・マン・アイ・ラブ」では、アニメ『ポパイ・ザ・セーラーマン』の主題歌を織り込んで、聴衆の笑いを誘っています。
そんなスチュアートが、やはりベーシストのメイジャー・ホリーと組んだCDがあります。ホリーは、ベースを弾きながらユニゾンで歌う。2曲目で演奏しているのはスタンダードの“Close Your Eyes”〈瞳を閉じて〉ですが、二人は“Shut your mouth!”“What do you say?”、“Close your mouth!”“Really?”、“Shut your mouth!”“Oh, no!”と弾き語りでやり合っています。故にアルバム・タイトルは“Shut Yo’ Mouth”。確かに、1曲目の“Tomorrow”(ミュージカル『アニー』で有名)を聴けば「開いた口がふさがらない」

ホリーは、村上春樹の短篇「木野」(『文藝春秋』(P/051/B89)2014年2月号掲載。『女のいない男たち』(文藝春秋)収録)に出て来ます。
「店は暇だったから、木野はスツールに腰掛けて『ジェリコの戦い』が入っているコールマン・ホーキンズのLPを聴いた。メジャー・ホリーのベース・ソロが素晴らしい」

以前に「倫敦巴里」というコラムを書いたことがあります(2014-07-16)。詳しくは繰り返しませんが、和田誠によるパロディ満載本『倫敦巴里』(話の特集)をテーマにしたもの。中に、様々な作家の文体を借りて川端康成『雪国』の冒頭を書いてみるという趣向があり、特に面白かった。最終ページは、谷川俊太郎(を真似て和田が作った)のマザーグースふう雪国でした。1977年刊のこの本はとっくに絶版でしたが、昨年、装丁もそのままに『もう一度 倫敦巴里』がナナロク社から刊行されました。
付録の小冊子に谷川は、この本が本棚からなくなったことを記している。「…、仕方なくアマゾン河のほとりにある書店に買いに行き、定価の何倍かの金を払って無事本棚に帰還させた」。オビにコメントの一部が採用された清水ミチコは、本棚用と読み返す用に二冊買ってあって、プレゼント用にもう一冊と思っているが、なかなか購入できないと嘆いている。
「図書館にあって、アマゾンになくって、ヤフーオークションではとびきり高いものなーんだ、というなぞなぞのようです」

『もう一度 倫敦巴里』は単なる復刻ではありません。本人ふう『雪国』が(今回は外国人著者も含めて)11名分、新たに追加されています。村上春樹もその一人ですが、ウタと云えば、井上陽水がコードネーム付きで加わった。イントロはこう。

♪トンネルを抜けると雪国ですか
♪それなら恋の終わりはどこですか

サビは、

♪Ah 夜の冷気を運ぶのはSNOW
♪Ah いつも僕に呼びかけるSNOW

そして、『塚本邦雄』の解説にいうサラダ短歌の俵万智も全9首。二つだけ挙げます。

トンネルを抜けるとそこは北の国みな雪であるみな白である
ガラス窓落とせば冷気流れ込む なんてったってここは雪国

さて、そろそろ水ぬるむ頃。春の気配が欲しくありませんか。

石坂洋次郎といえば、少なくとも『青い山脈』はご存じでしょう。他にも『若い人』や『何処へ』などを執筆しました。慶應義塾大学卆。慶応には、ワグネル・ソサエティー男声合唱団という伝統ある団体があります。不動のメンバーで長く活躍したコーラスグループのダークダックスは、全員ここの出身。
音楽好きだった石坂は、慶応に入るとさっそく入部を希望する。たまたま、顧問である音大の大塚助教授が来ていて、簡単(?)なテストを受けることになりました。

「君、オタマジャクシが読めるかね」
「はい、読めます」
「じゃあ私のピアノに合せて唱ってみたまえ」
「はい」
私はピアノのまわりにいる六、七人のワグネル・ソサエティーの先輩達を意識して固くなり、精いっぱいの声をはり上げて、大塚助教授のピアノに合せて唱い出した。

おたまじゃくしはまっくろで頭はまあるく尾は長く
手足がないのにピョンピョンと お池のなかをばはねまわる おたまじゃくしはかわいいな……

この後どうなったかは『私の履歴書』(281.08/W45)第5巻をご覧ください。
(M)

おまけ:
ダーク・ダックスの持ち歌に、ロシア民謡の“Dark Eyes”〈黒い瞳〉というのがありましたが、清水ミチコが自ら作詞・作曲したのは、ある人に捧げた(?)“My Black Eyes”です。ライブ「清水ミチコのお楽しみ会2007“リップサービス”」で披露した映像がDVDになっています。
歌詞の抜粋は以下のとおり(『失楽園』とは、この人がヒロインを演じた映画のタイトル)。どーやったらあんなふうに歌えるのか、答えは最後の一行にありそうです。

♪MY BLACK EYES 私の黒き 瞳
♪清らかな その声 美しく はばたく
♪歌うために 生まれてきた 私に乾杯

♪失楽園のように おとずれた 運命(ぐうぜん)なの
♪そうよ たまにおとずれては もとにもどれない

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