没後50年かぁと、半月刊の「ペン」の特集号の表紙をながめているうちに、日本語版「エスクァイア」誌の創刊号の表紙もヘミングウェイだったな、あの雑誌で「世界の首都」という作品を読んだ覚えがあると、数年前に休刊してしまったライフスタイル・マガジンのことが頭に浮かび、それから、このノーベル賞作家の短篇集は、旺文社文庫と福武文庫がすでに刊行されておらず、全3冊の講談社文庫はずっと前から絶版状態で、岩波文庫の上下巻も品切れと復刊をくりかえしていることを思い出して、せめて自分の手元にあるものだけでも整理してみる気になった(以下、刊行年月のある図書が手持ち分です)。
いささか変質的いや偏執的な内容になってしまいましたが、どうかご容赦の上、しばしお付き合いください。
といっても、これも手元にない新潮文庫から。大久保康雄訳「ヘミングウェイ短篇集(一)(二)」をご存じの方は多いでしょう。おそらく一番ポピュラーだったはず。新潮世界文学43,44「ヘミングウェイⅠ,Ⅱ」(1969/11,1970/1)が親本かと思っていたが、文庫の方が先。ただし当初は1冊しか出ていなかった。
この大久保訳にとって代わったのが高見浩訳「ヘミングウェイ全短編1,2,3」(1995/1~1997/3)。生前未発表の作品を含めてすべての短編を収め充実した内容を誇っている。同タイトルの単行本全2冊は「全短編1」と「全短編2」の出た後に刊行され、「全短編3」がこれに続いた。
「全短編1」の解説に、「インディアンの村」の冒頭には、公表に際して著者自身がカットした「三発の銃声」というかなり長い導入部があった、とあるが、これについては後述する。
また、「全短編3」は著者が知人の女性の甥っ子のために書いた童話「善良なライオン」と「一途な雄牛」を収録しているが、前者は中田耕治訳「蝶々と戦車」(河出書房新社1966/1)では「いいライオンのおはなし」というタイトルになっている。
この中田訳は、戦争・死と寓話・人間・スポーツの4部構成で、刊行時までに紹介されていなかった創作やエッセイなどを選んで訳出したもの。著者本人のスナップに加えて、人間の部に収録したムッソリーニ、キキ、ヴィットリーニ、ディートリッヒの肖像が付されている。
三笠書房には全集あり。まず、谷口陸男・瀧川元男・高橋正雄・福田陸太郎・大久保康雄訳「ヘミングウェイ全集1」(1963/1)。旧漢字表記。月報で「日本で初の全短篇集 全7巻」と謳っていますが、実際の巻数はもっとあるようです。次の全集は全8巻別巻2巻(これも月報による)。「決定版『ヘミングウェイ全集』」を名乗っていますが、確かに、1963年版が450ページほどだったのに対して、こちらの「第1巻」(1973/11)は約600ページと大部になりました、コゲ茶地に金文字の装丁で、白地の堅牢な函にもこの二色の筋が走って高級感あり。
「第1巻」に追加されたのは谷口訳「密告」と上記の中田訳「蝶々と戦車」から7篇。それに、高見訳「全短編1」の解説にあった「三発の銃声」他7篇で、これは松居弘道訳。もっとも、松居訳はこのあと紹介する「ニック・アダムズ物語」が初出です。
月報にはさらに「新たにメアリー未亡人の連載開始」と気になる記載もありますが未見。それよりも「当社3回目の企画」と書いてあり、1963年版の解説にも「三笠版ヘミングウェイ全集の初版」という文言が3回出てきたことと併せると、さらに先発の全集があったと推測される。(1955~1956に全10巻別巻1の全集があったようだ)
決定版全集の前年には「ヘミングウェイ全短篇集」(1972/10)が出ている。訳者、内容とも1963年版と同じだが、新字体に改められ、収録順が入れ替わった。また、「全集1」で「殺人者」と訳されていた1篇は「殺し屋ども」に変更された。このタイトルは「第1巻」では「殺し屋」とまた変わります。
面白いのが、オビに【独占出版】と書いてあるフィリップ・ヤング編「ニック・アダムズ物語」(1973/7)で、ニックの登場する作品24篇を、北部の森・ひとり歩き・戦争・帰郷・連れ立って、と成長に合わせて編集してある。訳者は高橋・瀧川・谷口・松居・大久保。好企画だと思う。どこかの出版社が文庫でもいいから復活させてくれないものだろうか。高見訳「全短編1」および三笠版全集「第1巻」のところで触れた松居訳の「三発の銃声」と他7篇は、これが初公刊になる。
最後に三笠文庫で大久保訳「キリマンジャロの雪」(1952/10)は、標題作の他に2篇を収録していて、ヘンリー・キング監督の同名映画のスチール3種付き。
荒地出版からは「ヘミングウェイ短編集」全3巻が出ている。「1われらの時代に」(1982/4)は北村太郎、「2女のいない男たち」(1982/7)に鮎川信夫、「3勝者には何もやるな」(1982/10)を井上謙治と、ここまで名前の出なかった訳者(しかも2人は詩人)が1巻ずつを担当していて興味をそそられるが、北村には「未だ翻訳されたことのない作品だけを十二篇選んで、北村太郎と中田耕治がそれぞれ六篇ずつ分担して翻訳」した、ジャケットに "12 SHORT STORIES" と書かれた「ヘミングウェイ短篇集」(1955/9)があった。ここで北村が担当した6篇のうち4篇の訳は、1982年版の3巻本では他の2人の名義になっていて、なんとなく釈然としない。
上記以外の出版社では、谷口陸男訳「ヘミングウェイ短篇集」が「研究社アメリカ文学選集」(1957/11)と八潮出版社「アメリカの文学」(1966/11)として刊行されているが、収録作品20篇は全部共通で解説も同内容。ただし、後者では「殺人者」が「殺し屋」に、「清潔な照明のよいところ」が「清潔な照明の好いところ」に変わった。
南雲堂の「双書20世紀の珠玉」からは「キリマンジャロの雪・二つの心の河」(1959/7)。訳者は石一郎(荒地出版の全3巻の解題を担当している)と江島祐二で、9篇を収録。
角川文庫の松元寛訳「われらの時代」(1974/9)は、「われらの時代」から7篇、「女のいない男たち」から4篇、「勝った者に何もとらすな」から2篇、その他3篇を訳出したもの。
同文庫には龍口直太郎訳の「キリマンジャロの雪」もあるが、同じく龍口訳の「殺人者・狩猟者」(1953/8)を採りあげる。108ページの薄い文庫で旧漢字。「殺人者」、「世の光」、「狩猟者」を収めるが、「殺人者」には「キラーズ」とルビが振ってあり、他の訳本にも見られるように、早くもこのタイトル "Killers" の訳に腐心しているのが分かる。
「狩猟者」にはカッコして(フランシス・マコムバーの短い幸福な生涯)と加えてあり、「マコーマー」に慣れた眼にはいささか奇異に映るが、「マカンバー」を採用した高見浩は「全短編2」の解説で、「『アフリカの緑の丘』には、サファリに同行した妻のポーリーンが、ヘミングウェイのことを現地の言葉で、"ブワナ・ムクンバ"と呼ぶシーンがある。"ムクンバ(M’Kumba)"とは"指導者、隊長"というほどの意味らしいが、ヘミングウェイが一編の主人公の名を"マカンバー(Macomber)"としたのは、それが記憶にあったせいかも知れない。」と書いている。もっとも、龍口訳のあとがきには何のコメントもなく、その真意は分からない。
タイトルの訳についてもう一つ付け加えるならば、生前未発表だった短編をまとめた高見訳「何を見ても何かを思い出す」(1993/9)の標題作は、雑誌「ユリイカ」のヘミングウェイ特集号(1989/8)に佐伯泰樹が、「パパってなんでも心当たりがあるんだから」として訳出している。こちらの原題は "I Guess Everything Reminds You of Something"。
ついでに、冒頭に挙げた文庫の訳者を紹介しておこう。旺文社と講談社は高村勝治。福武は、新潮世界文学44と三笠の1963年版全集の月報に寄稿している宮本陽吉。岩波は既出の谷口陸男である。なお、日本版「エスクァイア」誌掲載の「世界の首都」は高見訳だった。
さて、COMPLETEな原書による高見訳の後も、ちくま文庫の西崎憲編訳「ヘミングウェイ短篇集」(2010/3)、さらには、1924年版 "in our time" を全訳したヴィレッジブックス発行の、瀟洒な活字が目に美しい柴田元幸訳「イン アワ タイム」(2010/5)などが登場しているが、最後に変わり種を一つ。
学研の企画・編集による「サウンド文学館 パルナス」15小説Ⅱ外国文学「ヘミングウェイ 二心ある大川」(1990/4)がそれで、サウンドとあるように、本ではなくCD。テクストは谷口訳の岩波文庫で、朗読は岸田今日子。標題作の「その1」と「その2」合わせて約70分の録音で、この作品が(特に「その2」が)好きな私は、たまに取り出して聴きます。なかなかよいものです。
眼も頭も使ってない感じが自分の元々の性分に合っているのか、普段の、本を読む大いなる楽しみをあやうく忘れてしまいそうな気分になる。何の労もなくして小説を楽しみたいと考える読者も多いに違いないから、読み手や方言選択などが可能な朗読機能を充実させた電子書籍が実現しないものか、ひそかに期待している。
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