「加田伶太郎全集」と太く大書した左横に福永武彦とあります。これ、福永の書いた探偵小説(とSF一篇)集。連載初回なので、いつもより余計に写っております。「福永武彦全小説」第5巻(913.6/F79/v.5)で読める。
全集といっても一冊きりなのに、文学仲間の平野謙や丸谷才一らが面白がって執筆した「月報」も付いているのがミソ。
ペンネームの加田伶太郎は「誰だろうか」、探偵役の伊丹英典は「名探偵」のアナグラムだそうです。では、SFに使用したペンネーム船田学は? 福永だ!
収録作品のうち「女か西瓜か」にはA Riddle Storyと添え書きしてあります。都筑道夫の解説によれば、
"結末を読者の判断にまかして、謎のままに終るのがリドル・ストーリーだが、これはフェアに手がかりが書きこんである。考えれば、作者の意中の結末が、わかるところが特色だから、首をかしげてみていただきたい"そうです。
この作品、「ハヤカワミステリマガジン」2013年5月の、都筑道夫没後十年特集号に再録されていますが、ミステリ評論家の新保博久が付けたコメントには、
"…二○○○年十月十六日…都筑氏と並んで歩く機会に恵まれたとき、いま訊かないと一生後悔するかも知れぬと、意を決して訊ねてみた。氏は拍子抜けするくらい気軽に、「福永さんに原稿をもらって一読して、こういうことですね、と言ったら、よく分かったねという反応をされた」と教えてもらって"云々とあり、解決が書いてあります。
新保は、"失礼ながら、何だそんなことかと内心思った"そうです。
"私としては、たとえば「女か西瓜か 解決編」でネット検索すれば出てくる別解のほうがスマートな気がする"とも。
ところで、初出の「別冊エラリー・クィーンズ・ミステリ・マガジン」1959年秋創刊号の編集前記に、"こんなの簡単にわかっちゃった等と仰言るのは、もうすでに作者の巧妙なワナにひっかかった証拠。二度でも三度でもじっくり味って下さい"は、都筑道夫の手によるものかどうか。同誌の責任編集者だったはずなのだが。
ともあれ、「全小説」の月報で都筑は、"文学者が余技として、推理小説をものした例は、東西に数多いけれど、日本では(中略)見事にやってのけたのは、坂口安吾と加田伶太郎だけだろう"と述べています。
安吾についてはしかし、有名な「不連続殺人事件」(913.6/Sa28s/v.6)ではなく、「明治開化安吾捕物帖」(913.6/Sa28s/v.10)のうちの何編かを想定してのことだったよう。
ここで余談。福永、丸谷の両氏は「エラリー・クィーンズ・ミステリ・マガジン」にそれぞれ「深夜の散歩」、「マイ・スィン」と題するエッセイを連載していました。
この2編に中村真一郎の連載「バック・シート」を加えて1冊にまとめた「深夜の散歩 ミステリの楽しみ」という本がありますが、その中村の、第四回「恐怖感覚!」に曰く、
"断っておくが、私は『銭形平次』を読んでも、時々、犯人は八五郎ではないかと、思いちがえるくらいに、感(注:ママ)の悪い男である。尤も、感が悪いかわりには、論理的精神は発達している。従って、私が八五郎を犯人だと思い違いするのは、私が悪いのではなく、野村胡堂さんが論理的に、アンフェアだからだ。つまり完全に説明してくれないからだ。"