? コラム M氏の深い世界 20181109:国際基督教大学図書館 ヘッダーをスキップ

砂が流れる、永遠が見える 2018-11-09

大竹まこと、きたろう、斉木しげるの三人から成るコントユニットのシティ・ボーイズは毎年、定例公演を行なっていますが、1992年の出し物に「自己破産の日」というのがあります(DVD『鍵のないトイレ』に収録)。大竹の演じる弁護士が喫茶店で、破産宣告を受けた男(きたろう)に説明をしている。男は未だ本当には懲りていないようで、弁護士が席を外すたびに現れる、斉木扮するセールスマンが取り出す怪しい品々に惹かれてしまう。やはり弁護士がいなくなったとき、今度は、頭にパンの形をした帽子を被ったジャム売りが登場する(大竹の二役)。「アンタ、ジャム好きか?」と迫り、ビンをテーブルの上に置く。「アンタッ、ジャムのビンのフタについたジャム舐めるの好きか、ん~?」と続けて、こんな口上を述べる。「そのジャム! ジャムのビンのフタに付いたジャムを、こそいでこそいでこそいで集めたのが、そのジャム!」。11,000円のビンブタジャムです。そして、もうひとビン出して再度問う。「ビンブタジャムの、フタに付いたジャムをこそいでこそいでこそいで集めたのがそのジャム。ビンブタブタジャム!」。11,200円也。

歌人の穗村弘は、『ちくま』(P/020.5/C44)にコラム「絶叫委員会」を連載していますが、2018年11月号に、こう書いています。
「以前、『毎月新聞』(佐藤雅彦)という本の中で、クレンザーの箱に描かれた女性が手に持ったクレンザーの箱に描かれた女性が手に持ったクレンザーの箱……を見た時の不思議な感覚が「日常のクラクラ構造」と呼ばれていた」
穗村は「そのクラクラ感、わかる」と言って、自作を引き合いに出す。

エレベーターガール専用エレベーターガール専用エレベーターガール

エレベーターガールしか乗れないエレベーターのエレベーターガールしか乗れないエレベーターのエレベーターガール……への憧れを詠ったといい、さらに、笹井宏之の短歌を紹介する。

砂時計のなかを流れているものはすべてこまかい砂時計である

エルンスト・ユンガーは『砂時計の書』(b/Kg/917)の中で、1678年に「砂時計が用いられていないような書斎はほとんどない」という記述があったことを挙げ、「あるいは砂時計が好まれたのは、廉価であるということよりも、音を立てないといういまひとつの特性のためだったのかもしれない。当時の機械時計はまことに粗暴な音をたてたのである」と述べているが、砂時計の中を流れている砂時計は、くびれを通って下に落ちたとき、当たって音を立てるだろうか。

古谷三敏の酒コミック『BARレモン・ハート』(双葉社)第33巻に、砂時計職人のタマゴが登場します。くびれの部分をオリフィスとも蜂の腰とも呼ぶ、などと話しているうち、マスターが、「たしか島根の仁摩サンドミュージアムには一年間砂時計もあったような」と言う。「あります すごい マスター」。1987年12月2日の朝日新聞が報じています。
「うぐいす張りのように踏むと音を出す「鳴き砂」で知られる島根県仁摩町で、世界一の砂時計をつくる計画が進んでいる。全長七メートルの円筒状の器に、一・七トンの「鳴き砂」を入れる。ちょうど一年で砂が落ちてしまう仕掛けにし、年が改まると器を逆さまにする」

当時の町長泉道夫氏が、町の活性化を図って打ち立てた計画でした。同志社大学の教授を介して打診を受けたのは志波靖麿氏です。同大修了後、研磨微粉製造装置の研究設計に携わり、紛体装置メーカーに転職して砂時計を研究していました。1987年8月、小さな砂時計数個を振出しに研究を開始します。が、いきなり問題に直面する。
鳴き砂は粒が大きいので、一年計に使用すると数十トンもの量になってしまう。とても現実的ではないと判明したのです。そこで、「自然の砂一トンを用いて一年間流れ続ける砂時計をつくる」を基本コンセプトにしました。砂も孔も、より小さいものが要求される。「自分たちで苦しい条件を設定してしまったのである」なんて言ってますが、とても尋常じゃない。例えば、実験に使用したノズル(孔)は直径1ミリ以上あったが、もっと小さくする必要がある。予算はない。考えあぐねて手元を見たら、0.9ミリ芯のシャープペンシルが目に入った(1,000円のヤツ)。軸先を1ミリ切って代用します。三角フラスコを上下の容器代わりにし、木を彫刻刀で削って軸とフラスコのジョイントに用いたそうです。

本物のノズル口径は0.84ミリ。これを通る砂はいったい? ここまで、志波氏の『世界一大きな砂時計:「鳴き砂」の町・仁摩に刻む』(中国新聞社)を参考に書いていますが、別の章には、こんな記述があります。「砂と孔の大きさの割合が六倍(孔/砂)以下になると詰まりが生じます」。田口善弘『砂時計の七不思議:粉粒体の動力学』(080.1/C/1268)の不思議その七にも「出口の直径が粉粒体の直径の六倍より小さいときは粉粒体は流れ出ない」とある。0.84割る6は……。
上の容器の砂が全部落ちてしまうと、砂時計を反転させます。ノズルも上下逆になりますが、砂はノズルがひっくり返っても同じように流れ落ちなければなりません。速度が違ってきては困るのです。ドリル(錐)を使うとバリがでて研磨しても上下で同じ形状にならない、セラミックス成形は焼きの収縮率の推定が困難、レーザーや超音波では開ける方向により大きさが違ってくる。結局、ガラス職人の手造りに頼りました。熟練の技術をもってしても、満足がいくまでに100本以上をムダにしたという。

『世界一大きな砂時計』第3章は〈悪戦苦闘の記録〉です。小見出しは、砂を作る・埃をとる・大きさを揃える・水できれいにする・それでも残る異物・埃は入ってもよいなど、これだけでも大変そうですが、さらに先の小見出しは、テスト開始のその日に目詰まり。幸か不幸かまだ初日、出雲の神のお助けだ、と呑気そうだが、対応は「砂を全部だし、再度ふるい(注:篩です)分けを行い最初から投入し直す」でした。
ここまで、ワザと伏せていましたが、砂の量は1トンと3,736グラム。直径は人の髪の毛の太さぐらいで、推定6,400億粒。砂時計の全高は5メートル20センチで、床からの最高位置は13.55メートル。……想像したくない作業ですね。この大きな砂時計は出雲大社の巨大さに倣ったんでしょうか。

製作に参加した、中国安徽省出身の王勇氏からは、興味深い指摘がありました。「日本人は砂という漢字の使い方を間違えている」というのです。「すなというのは、石偏ではなく、サンズイ偏」なので「沙」を使うのが漢字としては正しい(中国では、さばくを「沙漠」と書く)。その語源は、「川の流れが下流に行くに従って弱くなり、すなが取り残されていく。そして川岸には、すなだけが残るので、それが『沙』というものである」。また、石偏は「石を人為的に砕いてつくったすなのときにつかう」のだそうです。

砂時計全体のカラー写真の他に、秤に載せた砂が写っています。一日分の砂と説明書きがある。2,740グラムです。予備の容器も展示してあって、これは、有名な〈ツアイス〉の光学レンズを製造している西ドイツのショット社製。町長自ら同社の日本支社に掛け合って引き受けてもらった。その前に話を持ち込んだ日本の大手メーカーは軒並み、色よい返事をしなかったという。(今となっては残念がっているらしい)
高さ2,565メートルの容器を上下に配した砂時計は、細長い「8」の字の形をしています。横にすると無限大を表すこの形は、「砂時計が繰り返し転倒され、永遠に時間をつくる「無限」を表現している」。
ノズルの写真もあります。設計図では高さ7センチ。大きさが分かるよう、親指と人差し指を開いた右手とのツーショットです。実際のノズルは高所にあるため、孔を砂が落ちていく様子はテレビモニターで観察できるようになっている。ゲーテから「砂時計の中を漏れ落ちる/砂粒を数えようとする人は/時間をも目的をも逸するだろう」(『砂時計の書』より)と言われても、これは見たいですよね。一日分の砂の説明には、1秒間に0,032グラム(約2万粒)、1時間では114グラム(約7,200万粒)と書き添えてあります。

「仁摩サンドミュージアム」とは、全国公募した中から選ばれた名称です。そして、砂時計は選考の結果、「砂暦(すなごよみ)」と名付けられる。1990年12月31日午後11時55分、未年生まれの108人の老若男女の手によって回転し出した「砂暦」は5分後、1991年の時を流し始めた。志波氏は「われわれの「世界一大きな実験」が始まった」と書いています。今も研究は続いているのです。 (M)

おまけ: 『世界一大きな砂時計』70ページに、下の容器に溜まった砂の写真があります。「「砂暦」の中につくられた美しい円錐の山」とキャプションが付いていますが、この山の麓の傾き、すなわち山の斜面と水平面の角度を安息角といいます。紛体を堆積していって崩れ出さない角度を指し、粒の大小と角(かど)の丸みにより違ってくるそうです。海の砂は川の砂より緩やかだとは、何となく腑に落ちるような気がしますが、しかし、3分計や5分計のように、しょっちゅう引っ繰り返されて「安息」と言われてもなぁ。

シティ・ボーイズのきたろうとゲストのいとうせいこうによる、3分少々の短いコントがあります。いとうが、仲人を引き受けてくれた谷口さん(きたろうの役名)宅を訪れる。ひと通り礼を述べて、見ると谷口さんの奥に黒い山。「あれ、なんですか?」「あ、気づいたか。目ざといねぇ、キミも」。前から欲しかったので、とうとう買ってしまったのだと言う。 コントのタイトルは「ピアノの粉末」です。『群像』(P/913.6/G84)2018年11月号に載った二人の対談でも話題に上り、「一九九五年上演、シティボーイズ・ライブ「愚者の代弁者、うっかり東へ」。三十万円のヤマハのアップライトピアノを粉末」と注が付されています。固めてあるらしく、屹立している。本当はグランドピアノの粉末(120万円)が欲しかった谷口さんが、「カタログ見るか? 全70種類」と奥に引っ込んだのをいいことに、いとうは近づいて触ってみる。崩れる粉末。そこへ谷口さんが戻って来る。……やっぱり安息は必要です。

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